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第38話
もしもリョウがごく一般的な、子供の前では両親がほどほどに良好な関係を保っていて、愛情もほどほどの家庭で育っていたとしたら……
幼稚園から高校まで、ごく一般的なコミュニケーション力を自然に身に着けて、友達もそれなりにいて、恋愛もそれなりにできていたかもしれない。
人を好きになることで、自分の世界が広がったり喜怒哀楽をたくさん経験できたりしていたならば。
――でも、そういうスキルを家庭で教わったことはない。
残念なことに母親は……人を好きになったらどんなに不幸になるか、という手本しか見せてくれなかった。
両親は高校の先輩後輩だった。
父が母に惚れこんで、何度も告白してやっとつき合うことになった。
それなのに、父は何度も浮気してそのたびに大騒ぎになって母が泣きわめき、父が平謝りに謝って仲直りする。
それは
いつまで経ってもふわふわと、花から花へ気ままに飛び移る蝶々のような父は世間知らずのおぼっちゃま。会社経営者の祖父のひとり息子で、考えもすごく甘い。
そんな父と長く一緒にいるせいでかなりの現実主義者となった母は、男を見る目以外はすべて完璧。「別れればいいのに」と周りにどんなに諭されても、けっして離婚を切り出さなかった。
ケンカばかりのくせに、八つ下の弟も生まれてきたし。
(私はあんなふうに、浮気な男に縋りつく女にはなりたくないな)
両親を見ていて、リョウはそう感じるようになっていた。
父親も母親も憎くはないし、嫌いなわけでもない。
しかしリョウが大学生になった年に、父が好きな女性と暮らすからと家を出たときは、さすがに愛想が尽きた。
人を好きになっても、安心感も幸福感も安定して得られない。いくら愛しても、それは別の形でさえも還元されない。
だから年頃になって異性が言い寄って来ても、深い関係になりたいと思ったことは一度もなかった。
接し方を知らないから、あしらい方もよく知らない。
幸か不幸か、優男の父と美しい母のそれぞれいいとこどりをして生まれたリョウは、わざわざ存在をアピールせずとも際立ってしまうたぐいの容姿をしていた。
特に学生の頃、何度も嫌な目に遭いそうになった。
そんな時偶然に二度も、ハルに助けられた。
異性に関心が低くても、美しいものにはリョウだって自然と心惹かれる。
その美しいものがむこうから近づいてきて、そして稀有な提案してきたのだ。
自分を利用していいから、お前を利用させてほしい、と。
そんな機会は千載一遇で、それを逃したら一生の後悔になる気がして……
リョウは即答で応えてしまったのだ。
「はい、ではよろしくお願いします」と。
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