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第37話

『困ったときは、俺を利用していいよ』



二度目に助けられ、ハルの家で目が覚めたときに言われた言葉。


そのあとに彼はこうも言った。



『その代わりに、俺も利用させてもらうから』



そして彼は自分のことを話し始めた。




ハルの母親は、学生の頃にミスキャンパスに選ばれて女優デビューした人だ。もともと学部一の才媛としても大学では有名だった。卒業後は本格的に映画に舞台にドラマにと華々しく活躍して、国内外の映画祭では助演、主演女優賞をいくつも獲得した。


そんな彼女はある日突然、結婚宣言をした。


相手は新人脚本家で、あるドラマで知り合った。新人脚本家と人気女優。格差婚として世間は騒ぎ立てた。


やがて彼女は男の子をひとり産んだ。それがハルだ。



彼女は子育てと女優業を精力的にこなした。よき母として、素晴らしき女優として。


しかし、夫は違った。ドラマを数本書いたが、ヒット作がなかなか出ない。妻が出演すれば必ず、どんな作品でも話題になる。だから彼は妻のおかげでやっていける脚本家、と陰口をたたかれるようになっていた。


ハルが五歳になる少し前。


何の前触れもなく、ある日父は家を出て行った。


母はすっぱりと女優業を引退し、化粧品の会社を立ち上げた。


そして昔のコネや外見の美しさ、経営の能力を生かして破竹の勢いで業績を上げ、成功者となった。



父親はどこにいるのか、生きているのか死んでいるのかわからない。


母親は一切父親については触れず、新しい恋人や夫を作ることもなかった。



「父親は母親の強運と才能に嫉妬していたんだと思う。家を出る前は、俺の前でも平気でけんかしてたんだ。二人が怒鳴り合って物を投げ合う間、俺はいつも子供部屋の隅っこで泣いてた」


そのせいなのか知らないけど、とハルは苦笑しながら続けた。


家ではいつも一人あそび。幼稚園や小学校でもすっと一人、ゲームや本、ネットがあればよかった。


中学生の時にプログラミングに興味を持ち、時間と小遣いをつぎ込んだ。


高校でユキヤと出会ったのは、運命だったのかもしれないと彼は言った。



「完全に陰キャなのに外見はハデなおかげで、いつも注目されてきた」


そんなふざけた話、と普通ならリョウも信じない。


でも実際にハルはモテていた。大学には彼のファンクラブ(非公認)があったし、ダメもとで告白する女子学生が後を絶たなかった。ユキヤと会社を作るとさらに有名になり、高校生や社会人の女子までハルを見に大学に押しかけていた。


「とにかく、俺は恋愛は興味ないし、したいとも思わない。へんな期待をされても応えてやる気はない。遊びならいいけど、本気は重い。誰かひとりと長く関係を続けるなんて絶対にできないんだ」


だから、面倒な時にリョウを偽の恋人として利用したいと、彼ははっきりと言った。


もちつ・もたれつで行こう、と。



確かに、ハルと親密な様子を醸し出せば、誰もリョウにちょっかいは出さなくなった。


おかげでリョウは快適な学生生活を送れた。



だから、ありがたかった。



リョウもまた、似たような家庭のトラウマがあったから。

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