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第36話
おやつのトレイを戻しに行った時、リョウはちょうどゲストと話し終わった葛西と、レセプションの前でばったり会った。
「おいしかったって、くるみ先輩に伝えといてくださいね」
「ありがとう。ところでリョウちゃん。今夜池に行くといいよ」
「裏から行けるっていう?」
「うん。今夜は満月だから。ちょっと低い位置から南中まで、結構長い時間、月が池に映ってめっちゃきれいなんだ」
「へぇ。見てみたい」
「俺はそこでくるみにプロポーズしたんだよ」
「いいですね。それもココの売りにしましょう」
――なんて、会話をしていた。
旅館だった時からの裏庭にある小さな木戸は、そこにあると言われないとうっかり見過ごしてしまいそうなほど存在感が薄い。
椿の木々の間にわざと隠してあるみたい。
キイキイときしむそれを押し開くと、野原の小道が現れる。十メートルごとに両脇にガーデン用の蓄電LEDライトが刺さっていて、地味な滑走路みたいに見える。
空には銀色の月が浮かび、遊歩道を照らしている。
舗装されていない、ただ踏み固められただけの小道。
「満月のおかげで道がよく見える」
「普段何もないところでもコケる人は、それでも注意するように」
「くッ。そんなことがいつ起きたって言うのよ?」
「よくやってるよ。そこに穴があるとわかっていながらグレーチングにはまって、ヒール破いたりコケたり」
「グレーチング?」
「側溝の鉄の格子蓋」
「ああ! そうそう! そっか。よく見てるね」
「月ばかり見上げて口開いてぼんやり歩いてたら、コケるよ」
「……絶対にないって言えないところが悔しい」
言われたように10分弱も歩くと、バスケットコートくらいの大きさの池にたどり着いた。
遊歩道の正面には、池に面して畳一枚ほどの桟橋が作られてある。
池に面して、その上には木のベンチが置かれている。
コートの上にはおってきたストールを敷いて、そこにふたりは座った。
「ここで葛西先輩がくるみさんにプロポーズしたらしいよ」
「あいつ顔に似合わずロマンティストだな」
「ロマンティストだよ。ユキ先輩と別れてからもずっとくるみさんを思い続けてたんだから」
「信じられない」
「そりゃ、半年持ったら奇跡のハル先輩には、信じられないでしょうね」
「リョウに言われたくはないね。すぐ逃げる女には」
「先輩だって逃げる男でしょ」
「逃げてるわけじゃない、本気になれないだけ」
「それを逃げるって言わない?」
「言わない。本気にはならないよって、ちゃんと毎回断ってるし」
「悪い男だね」
「どうも。褒め言葉と取っておこう」
「褒めてないし」
「仕方ないんだ。身近に悪い例しかなかったから」
ハルははは、と笑う。
「ああ、それを言ったらウチもそうだったな。私も先輩も出来損ないのヘタレなのは、そのトラウマのせいかもね」
「うーん。否定はしないけど」
「俺は恋愛なんて全く興味ないんだ」
九年前に、ハルはリョウにそう言ったことがあった。
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