An ambivalent weekend

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第34話

午前中に葛西と再び打ち合わせをして、昼食は昨日と同じロビーのダイニングテーブルで三人で済ませた。


くるみは午後から検診があり、葛西はそれにつき合うとのことだった。


今日は他に二組のモニター宿泊者たちがチェックインするらしい。



昼食の後、ハルはすでに大まかなワイヤーフレームを作り始める。今回はアシスタントではなくハルの「お目付け役」でいいとユキヤは言っていたが、自然に囲まれた小島では、いつも起こるようなことは起こらない。


……むしろリョウのほうが初日からやらかした感が強い。


ハルがノートPCに向かっている間、リョウは画像を編集してファイルに取り込む作業をしている。



「午後は島を回って、いろいろな写真撮って来るね」


リョウの言葉にハルはPCから顔を上げた。


「ああ、じゃあ一緒に行くよ」


「いいよ、仕事してて」


「もう終わる。運転するから」



カフェも、コンビニもない。


一時間もあれば一周できる島。


船着き場や漁港、昨日行った岬を過ぎて、宿の反対側の砂浜へ。季節外れで観光客もいない。


海岸沿いの道からY字を上ると、小高い丘の見晴らし台につく。島の南側の段々畑に大きめのオレンジ色の果実がたわわにる果樹園が見える。



二人はベンチに座り、360度の景色を楽しんでいる。


「家は漁港側に集中してるんだな」


「あれは何の柑橘類かな?」


「ああ、昔シンイチロにもらったことあったな。実家から送られて来たって。なんだったけ? ナントカみかん。あ、そういえばお前」


「なに?」


「昨夜酔っ払って、シンイチロをシンイチロって呼んでた」


「えっ? 覚えてないな」


「俺のこともハルトって呼んでたし」


「うそだ……っ」


くしゅん! とリョウがくしゃみをする。


ハルはベンチから立ち上がるとリョウを振り返った。


「寒くなって来たな。戻ってお茶にしよう」




こんなに長い間、二人きりでいるのは何年ぶりだろうとリョウは思う。


どこに行ってもつねに誰かの視線を捉えてしまうハル。


一緒に飲んでいる時さえも、あちこちから秋波が飛んでくる。


でも、今この小島には、本当に人がいないから……ハルの時間を、ハルを独り占めしていると思うとリョウは嬉しくなる。



嬉しい半面、平静を装うのに苦労する。


車をとめてあるところまで歩いているとき、西に傾きかけた柔らかな日差しにかすむ背中を小走りに追う。


もしもハルが消えてしまったらと、不意に得体の知れない不安が胸に広がる。



「……」


上着の袖を無意識に捕まえて、リョウは立ち止まる。


突然にかかった負荷に気づいたハルが振り返ってリョウを見つめる。



リョウは親とはぐれた迷子のように、泣きそうな顔で口を開いた。

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