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第32話

「ん……」


リョウの頭のてっぺんにハルの顎がのせられる。腕からすり抜けようと試みるが、さらにがっつりときつく抱きしめられる。


「抱き枕が……しゃべった」


ハルの喉からリョウの頭蓋骨に、低音のかすれ声が響く。


「あの……抱き枕ではなく……」


ぐいぐいと手で押して呼吸スペースを確保しようとするが、びくともしない。


「いや、枕には違いない……しかも、ゲロを吐く枕……」


がくっと、全身から力が抜ける。



(やっぱり……やらかしたのね……)



「そんな枕……い、嫌だなぁ……」


ははは……と力なく苦笑する。


「嫌か……嫌だよな……でもげろ吐くだけじゃなくて……暴れるんだ」


はぁ……とため息が漏れる。


うっ、と言葉に詰まり、脱力したままリョウは死んだふりをした。


「夜中に何回も寝ぼけて泣いて暴れだすから……ああ、そのまま眠ったんだったな」


「……」



(だから、こんな状況か……)



腕だけではない。


ハルの長い脚が、リョウの膝裏をがっちりと絡めとって抑えている。岩壁の狭い隙間にとらわれている夢の正体は、全身を拘束されていたからだったと気づく。



「はい死んだふりしても、昨夜の失態はナシにできないから。とりあえず朝風呂で目ぇ覚ましてこい」


突然、拘束が解かれてリョウは大きな足でローベッドから押し出された。


ウッドブラインドから漏れる朝日の、ストライプ模様の影を描く床の上に、リョウはころんと落ちた。


床暖房なのか、ほんのりと温かい。



(ああ、二十センチ下。これが本来の、私の位置……)


半身を起こして振り返ると、ハルは背を向けてまた寝てしまったようだ。



リョウはのそのそと床を四つん這いでバスルームへ向かった。



(訊くもの恐ろしいけれど、訊かなきゃいけないみたいね……)



はぁぁ、と大きなため息が出た。





・✦・





朝食が運ばれてくる。



涼し気な空気が心地よい、晴れた秋の朝。



明るい光が差し込むダイニングテーブルには、スープやミニサラダ、エッグベネディクトやクロワッサンが並んでいる。リクエストによって和食か洋食を選べるとのことだが、リョウとハル一組しかいなかったため、朝食は洋食一択で了承しておいてくれと葛西が言っていた。


リョウはイングリッシュブレックファーストでミルクティを淹れながら、ハルが朝風呂から上がってくるのをおとなしく待っていた。



「さて、朝食ミーティングを始めようか」


バスローブ姿のハルが出てきて、リョウの向かい側に斜めに座る。髪がまだ濡れていて、朝日に透けてキラキラと輝いている。


そのあまりの神々しさに、リョウは両手でミルクティのソーサーを掲げ持った。


ハルは尊大にリョウを見下ろして厳かに言った。


「リョウよ。お前は昨夜、どうしても風呂に入ってから寝ると言い張った」


「はい、それはほのかに覚えております」


「幸いなことに、トイレは無事に自力で済ませたようだった」


「あっ、そ、それは……幸いでございました」


「いったん出てきたと思ったら……真っ青な顔をして、気持ち悪いと言い出した」


「ま、まさか……?」


リョウは口元を手で覆って息をのんだ。



ミルクティを一口啜って、ハルはこくりとうなずいた。

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