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第31話

気が付くとリョウは、高い石の壁と壁との間に挟まれていた。


何故だかわからないが、よせばいいのに横歩きのままどんどん前に進んでいく。


気づいたときにはもうすでにかなり狭かったのに、進めば進むほどさらに狭まってくる。


ついには、もう一歩も前に進めないくなってしまった。無理矢理に押し進んできたために、後戻りすることも難しい。




――どうしよう?


このまま、誰にも気づいてもらえずに、岩と岩とに挟まれたこんな狭い場所で死んでいくのだろうか?


九年間も一人の人に片思いするあまり、他の選択肢をすべてよけてきてしまっただけの人生だったけど……


こんなふうに終わるのは、悲しすぎる。




両手をそれぞれゆっくりと上げて、顔の両脇まで持ってくる。それで目の前の巨大な壁を押してみる。


その、温かい壁を。



うん……?



温かい……壁?



はっ。





リョウが押しのけようとしていたのは壁ではなく、ハルの—―胸だった。




「?」



(脳が稼働停止で、何も考えられない。一体これは、どういう状況?)



ぼんやりとだが、努力はしてみる。


あたたかな体温、バスローブ姿のはだけた胸板、余分な脂肪はついていないけれど、分厚い筋肉に覆われているわけでもない。かすかな、規則正しい寝息が耳に届く。そして、嗅ぎ慣れた香り。ああ、この鼓動と香りはよく知っていて、すごく懐かしい感じがする。


懐かしけれど……私のものじゃない、決して手には入らない……



「……」



ひゅ、っと空気を吸い込み、次の瞬間、まどろみの楽園から一気に地の底に急降下する。



(私、きっと昨夜……一生ディスられるほどの、大そそうをやらかしたのかもしれない……)



すううう、と起き抜けの低い血圧がさらに低くなる音が聞こえてきそうな気がする。


押しのけようとしていた胸板からそっと手を離し、代わりに自分の顔を両手で覆う。




「今まで同じ平面上に存在しえなかった二つの点が、何らかの影響でたまたま存在しえたとしましょう。するとどのような変化が起きると考えられますか?」


頭の中で、白衣を着たぐるぐる瓶底メガネの研究者風のユキヤが、なにやらホワイトボードに書かれた数式やら図形やらを赤外線ポインターでくるくると指して質問してくる。



(あ、いや、そうじゃなくて……)



固く目を閉じて、昨夜の記憶をたどってみる。


長年の片思いを経て……「二十センチの高低差」を越えて同じベッドで寝たというのに、今、がっつりと抱きしめられて寝ているというのに、ロマンティックな記憶がひとつも思い出せない。



「んん……」



ハルがかすかに身じろぎをして目を覚ます。



「あの……ハル先輩……?」


ハルの鎖骨をトントンと叩き、遠慮がちにリョウは声をかけた。

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