第29話

(こんな状況には、慣れていないのに……)



「目的」がないのに、二人きり。


ハルが誰かを遠ざけたいから。


リョウが誰かに勘違いしてほしいから。


主に二人の関係は、表向きはそんな理由の上に成り立っていたけれど。




(ユキ先輩、これはちょっと度を越してるでしょ……)




部屋の照明が暗めでよかったとリョウは安堵する。もしも白色灯だったら、赤面しているのがハルにばれると思う。



「そういえば」


ハルは自分のグラスにワインを注ぎながら何気なく切り出した。


「あれ、どうなった?」


リョウは首をかしげる。


「あれって、何のこと?」


「ユキヤが仕込んだ、リョウのお見合い」


フルーツフォークをシャインマスカットに刺そうとした手元が狂い、シャインマスカットが勢いよく飛んだ。


それはうまい具合に、ハルのサラダの皿にぽこんと飛び乗った。



「ええ? 今頃訊くの?」


「今、急に思い出した」


ハルは飛び込んできたシャインマスカットをフォークにさしてパクリと食べた。


「はぁ……それって、もう三週間以上前だよ?」


「そうだっけ?」




(行く前は、ユキ先輩にあんなに怒っていたくせに。契約書まで書かせて。行った後のこと訊いてこないと思ったら、単純に忘れてたんじゃない)




「……おかげさまで、順調です」


「ふうん。お前が嫌じゃないなら別にいいよ」



そんなことを言う、真意は何なのか。


ハルはリョウに対して、とびきり甘い時もあれば、結構な塩対応の時もある。


彼の言葉に一喜一憂してしまう自分が、リョウは嫌いだ。



たぶんハルにとってはあまり意味のない言葉でも、リョウの心にサクっと垂直に突き刺さって、悲しくなったりイラっときたりすることもある。



(私が先輩を思う気持ちと、先輩が私を思う気持ちが同じだとは思わないけど)



わかっている。そういうふうに考えるのは、ばかげている。


リョウはもう九年もハルに片思いしているけれど、彼はリョウを「終わりの来ない関係の、もちつ・もたれつの共犯者」だと思っているのだろう。



それ以上でも、それ以下でもなく。



間宮葵からの呼び出しにリョウをおいていってしまう、しょせん、その程度だと。



「……」


疲れていたからなのか? 自分でもよくわからないけれど、リョウはムカついてきて眉間にしわを寄せた。


「あ、ちょっと電話」


それなのにハルはリョウの反応なんて気にせずに、ブーブー鳴っているスマホのスクリーンを見て席を立ち、窓辺へ行ってしまった。



ふぅぅぅ、と怒りを排出して、リョウはワインクーラーからロゼワインのボトルの首を掴むと、自分のグラスにドバドバと注いで一気にあおった。


半分近く残っていたロゼワインは、ものの三分でリョウが空にしてしまった。




「リョウ? えっ? なに? ワイン全部飲んだのか? 速くない?!」


戻ってきたハルは空のボトルを両手で包み、じっと見つめているリョウを見て驚いた。



リョウはハルをじぃぃ、と恨めし気に見つめて言った。

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