ぐらんぐらん

第28話

宿に戻ると葛西が笑顔で迎えてくれた。


「おかえり。部屋に夕食の用意をしておいたよ。今日は朝から移動で疲れたろ? 明日またちょこっと打合せしような。なんかあれば夜勤のレセプションに伝えて」



案内された部屋はリゾートスタイルでとても素敵だった。



でも。



「ああ、一部屋でいいって、ユキが言ったから」


それにウチひとり部屋はないんだよね、と葛西は笑って去って行った。



(ユキ先輩がやりそうなことだわ)



部屋は広い。


天井が高いので視覚的にも広く見える。大きな窓の外は濃紺の空と黒い海。


窓辺に置かれたダイニングテーブルには魚介を中心にヌーベルキュイジーヌの色とりどりの皿が並んでいる。


コーナーライトのオレンジの光とテーブルの上のキャンドルの光。




でも。



「……」


ソファの脇に置かれたハルとリョウの出張用の荷物。


見晴らしのいい角部屋。


ローソファーのセット。



でも。



ベッドはクイーンサイズのローベッドがひとつだけ。



(当たり前と言えば当たり前だけど……)



腕を組んで考え込むリョウの額をぐいっと指先で押して、ハルは首をかしげる。


「どうした? 腹でも痛いのか?」


リョウはハルの指を払いのけてベッドを指さす。


「あれ,ひとつしかしかないみたいだよ」


「じゃあお前はソファの座クッション外して敷いて寝れば?」


「ええ?」


たしかに、ハルのところに泊まるときには、ハルのベッドの下に格納してあるマットを引っ張り出して寝るけれど……


「——ひどすぎない?」


思わず、心の声が外に出た。



「じゃあ、十分に広いんだから一緒に寝ればいいだろ」


「はい?」


リョウは驚いてハルを見る。


ハルはいたっていつも通りうん、とうなずく。


「ただし、俺は内側ね。リョウが窓側。朝日で目が覚めるの嫌だから」



ハルが普通なのに、自分だけが動揺しているのは悟られたくない。リョウは頑張って平静を装って承諾した。


「——わかったよ」


ユキヤの、悪だくみが成功した時のにやにや顔が脳裏をよぎる。



(二十センチの高低差が、ないなんて……)



不安しかない。



私が・・、先輩を襲わない保障は……いや、落ちつけ私。意識してるなんて、死んでも悟られたらダメ。いつも以上に、気を付けないと!)




ハルは葛西からプレゼントされたプロヴァンス産のロゼワインを、ワインクーラーから取り出してグラスに注いでいる。いたって、いつも通り。


ふう、と息を吐いてリョウは向かい側の椅子に座った。


「スマホでも撮っておくね」


リョウはスマホで料理を撮る。


あとから料理専用アプリで加工するのだ。


「もう仕事しなくていいから、はい、カンパイ」


グラスを差し出され、リョウは苦笑する。


「まあ、仕事らしい仕事、してないけどね」


「気にするな。ユキは全然気にしないから」



リョウはスマホを置いて、ハルとグラスを合わせた。

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