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第27話

「あっ、ち、ちょっ……! きゃあああぁぁぁぁっ!」



夕日の岬にリョウの絶叫が響き渡る。


ハルはリョウを抱き上げたままベンチから勢い良く立ち上がり、そのままぐるぐるとすごい勢いで回転した。


絶叫はやがて、笑い声に変わる。



やっと解放してもらい、リョウはベンチにもたれかかる。


「う、海に投げ捨てられるかと思った……」


笑いすぎて乱れた息を整えながら、リョウはハルに訊いた。


「いきなり、なんだったの?!」


「リョウ」


「なに?」


「はやく」


ハルはリョウをじっと見つめた。リョウは息をのむ。



(九年も、見慣れているはずなのに……)



鼓膜に、自分の動揺した鼓動が響く。


ハルはリョウを見つめたまま海を指さす。



「はやく、あの絶景を撮れ。素材集めだ」


「あっ、は、はい!」



わざとなのか、そうではないのか。


勘違いしそうな……思わせぶりな態度はやめてほしい。


いや、たぶんわざとだ。


彼はリョウの反応を楽しんでいるんだろう。



リョウは会社の備品のデジカメをバッグから取り出して、夕日の海の写真を撮り出した。


風はさらに冷たさを増すけれど、さっき大笑いしたので寒さは感じない。


ハルは先ほどの「ぐるぐる」で疲れたのか、両足を投げ出してベンチで夕日が沈むのをぼんやりと眺めている。



「あ!」


リョウは驚愕の叫び声を上げる。


「なんだよ」


背後から、ハルがけだるげに声をかける。


まるで飼い主のところに戻る犬みたいに、リョウは小走りにハルに駆け寄ってベンチに片膝をのせてハルの肩を叩く。


「いま、あの、赤い灯台の少しうしろ! あれ、イルカじゃない?!」


リョウの指さすほうに目を細め、ハルは何度かうなずく。


「ほんとだ、いるいる。うーん……二頭くらい?」


オレンジ色の空とそれを映し出すオレンジ色の海。金色に光る波間で、時々見え隠れする黒い影が……ふたつ。


「跳ねた! あのシルエットは、間違いなくイルカ! うわぁ、海で泳ぐイルカ、初めて見た!」



ぱたぱたとハルの肩を叩き続けながら興奮するリョウに、ハルはつい笑ってしまう。


「なんだ、リョウ、イルカ好きなの?」


ハルはリョウのお腹に頭を預けてくすくすと笑い続けた。


「特別好きってわけじゃないけど。なんでそんなに笑ってるの」


リョウはハルの頭を見下ろして、彼のつむじを指でつついた。


「犬猫見てもそんな風になるけど、イルカも同じ……やめろって」



ハルはつむじをつつくリョウの手首をつかんで引き下ろした。


彼が顔を上げたので、また至近距離で目が合った。



(何考えてるのか、さっぱりわからない)



意思とは関係なく、その目に吸い込まれそうになる……と。


「!」


ハルがまたにやりと笑んだ。



彼はリョウのウエストを捕まえていきなり立ち上がった。


彼女を肩に担いでくるりと海に背を向ける。


「戻ろうか。風が冷たくなってきた」



のし、のしと大股で歩くハルの肩につかまりながら、遠ざかる海を見つめてリョウは小さなため息をつく。



(わかってるのに、振り回されっぱなしで……ばかみたい)

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