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第26話
「ここから車で五分くらいにある岬からの夕日は最高だよ。今はオフシーズンだから、ラッキーなら絶景を独り占めできるんだ。それに宿の裏手には専用の遊歩道があって、十分ほど歩くと透明度の高いめちゃきれいな池があるんだ。せっかく遠路はるばる来てくれたんだ、この際ゆっくりゆったりモニター体験してってよ」
散歩に出る間に、部屋は用意しておいてやるよと葛西は言った。客の目線でいいところを見つけてほしいとのことだ。
しかも岬へ行くならと、車も貸してくれた。
くるみは家事があると言って、いったん離れの住まいに戻って行った。
オレンジ色に染まる岬には、ウッドベンチが一つ置かれている。
ベンチに座り、リョウは背伸びをする。
「移動移動で朝から疲れたけど、この絶景が見られたから許せるよね?」
「夕日か。海に沈む夕日なんて、めちゃ久しぶりに見る」
隣に座るハルは、ぼんやりと海を眺めている。
目の前に広がる海は三日月形の湾になっていて、左手に突き出た防波堤の先端には、一基の赤い灯台が立っている。
「なぁ、リョウ」
「うん?」
「AIってさ……」
「あ、いや、そ、そんなの気にしてた? あれはただの冗談だよ、たぶん」
「……」
ハルは目を細めて水平線を見つめている。
その整いすぎた横顔を見て、リョウは少し不安になる。
「ハル……?」
コートの袖をそっと引っ張ると、ハルはリョウを振り返って目を細め、口角を上げた。
「久しぶりだな、お前がそう呼ぶの」
いつもは、「先輩」と呼ぶから。
「泣かないで?」
リョウの言葉をハルは笑い飛ばす。
「誰が泣いてるって?」
「すっごく悲しそうに見える。AIって言われてそんなに傷ついたの?」
「いや、そうじゃなくてさ」
海風が吹き上げてきて、リョウは冷たい風から身を守るためにハルの腕に頭を寄せた。
ハルは小さな子供にするように、リョウを抱き上げて膝の上に乗せた。
「その呼び名は確かに大学の頃きいたことがあるけど、気にすることないよ。くるみさんが言ってたみたいに、振られた子たちが言いふらしてただけだから」
「なんだよ。やっぱり言われてたのか」
ハルは苦笑する。
「知らない人たちが知らないで無責任に言ったことなんて、何の価値もないでしょ? でも先輩は笑ったり、意地悪な顔したりムカついたり、私やユキ先輩の前では結構感情豊かだよ」
リョウはハルの頭を撫でた。ハルはリョウの手から逃れるために首をかしげる。
「やめろ。髪、ぐちゃぐちゃになるから」
「海風ですでに乱れてるから、気にしなくていいよ」
リョウはさらにハルの髪をわしゃわしゃと乱した。ハルはされるがままにじっとしている。
「……」
「あら、すっごく素敵になったよ、先輩」
酷い髪形になったハルを見て、リョウはいたずらが成功した小さな子供のように笑う。
乱れた髪の下の、すこしつり気味の目と視線がぶつかって、リョウの心臓がほんの一瞬止まった。
と、思ったら……
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