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第23話
「ちょっと遅くなる」
ハルからの連絡を受けて、ユキヤは不機嫌になる。
当時はオフィスを借りてはいなかったので、ハルとユキヤが共同生活していたマンションのリビングがオフィス代わりだった。
「……」
「……」
リョウはユキヤに好かれていないことは重々察知していた。話したくないのか、彼はまるでリョウがその場にいないかのように一心不乱にコードを書き込んでいる。
仕方なくリョウは、大学の課題を自分のノートPCで黙々とこなしていた。
「——そこ、間違ってるよ」
はっと気が付くと、ユキヤがリョウのエディタ画面を隣で覗き込みながら指さして言った。
「あ、ほんとだ。ありがとうございます」
「あいつ、極度の人見知りだから最初は大変かも」とハルが言っていたので、リョウはユキヤに無理に話しかけないようにしていた。知り合って一か月半、やっとユキヤはリョウ(のプログラミング)に興味を持ち始めたらしい。
それから小一時間ほど、リョウは天才の手厳しい特訓を受けることになった。
しばらくして、ど素人に指導するのに飽きてきたユキヤが休憩しようと言って、コーヒーを淹れてくれた。
「ねぇ、きみ、知ってる?」
ユキヤが唇を尖らせてリョウに言った。
「俺とハルはいきなり金持ちになったんだ。そういうの目当てに、近づいてくる女が後を絶たないんだよね」
「ああ、ええ? はい」
「でもさ。ハルが自分で連れてきた女は、きみが初めてなんだよね。一体、何て言って気に入られたの?」
「さあ。なんにも思い当たりません」
「ハルはきみとつき合いたいって言ったの?」
「いいえ、ひとっこともそんなことは」
「じゃあ、他に何か言われた?」
「俺を利用していいよって、言われましたけど」
「えっ?!」
ユキヤは驚いて目を見開いた。
それから彼はしばらく考え込んでいた。
「あの……コーヒー、冷めちゃいますよ?」
リョウが遠慮がちに話しかけると、ユキヤははっと我に返った。
「はぁ……なるほどな。わかった」
「何がですか?」
「いや、なるほど。ふーん」
ひとりで何かを納得し、ユキヤはそれからとても機嫌がよくなって、リョウにも親し気に接するようになった。
(あれは何だったのかな……)
何を納得していたのか本人に訊いてみたことが何度かあるけれど、ユキヤはそれが何だったのか教えてはくれなかった。
「お前ら、ばかじゃないの?」
ときどき、冷めた目でシニカルな笑みを浮かべながらユキヤが発する言葉。「お前ら」という先には、リョウとハル。
二人ともそれにはあえて突っ込まずに受け流す。
九年間。
それは幾度となく、繰り返されてきた。
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