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第21話

顎を、くいっと。



その動作が一体何を意味するのか分からずに、リョウは三秒くらいぼんやりしてしまった。


すると彼女は目を細めて不快感をあらわにした。


「ボタン」


それでリョウは彼女が何を求めているのかを悟った。


「あっ、すみません。ご案内いたします」


エレベーターに乗り込み、ドアをホールドしてどうぞ、と促す。フラミンゴのように気取った瑞姫が優雅に入ってくる。


表情を変えないまま心の中でしんどいため息をつき、オフィスのフロアでリョウはフラミンゴを先に下ろした。


「どうも」


彼女は気取ってそう言うと、受付に向かって歩いて行った。




(私なんかしたっけ? 私にだけ、いつもなぜかあたりが強いんだよなぁ……)



思い当たる節はない。


それとも彼女は野性的な直感かあるいは他人の心を読む超能力があって、リョウの本当の気持ちを知っているのかもしれない。無意識の彼女への悪意とか。


いや、そんなはずはない……はず。



(まぁ、誰彼構わずマウンティングしただけなのかもね)



そういう結論に至った。




「やれやれ、お帰りになったな」


瑞姫が帰ると、どこからともなくユキヤが席に戻ってきた。


「屋上でのんびりしてたんでしょう。非難してたとも言うけど」


リョウは疑いの目をユキヤに向けた。


「まあそうだけど。ちゃんと仕事もしてたよ。それより、おいリョウ、ちょっとこっちおいで」


ユキヤはリョウに手招きをする。



リョウはめんどくさそうにユキヤのデスクの前まで行く。


「何でしょうかシャチョウさん」


「なぁ、慎一郎のこと覚えてる?」


「ええ? 誰のこと……あ、葛西先輩のこと?」


「そうそう、葛西慎一郎。俺とハルの友達の」


「その葛西先輩が、なに?」


「卒業後に地元に戻って旅館を継いだんだよ。ハル、覚えてるよな?」


席に戻っていたハルにユキヤは話を振る。


「ああ、シンイチロは確かつい最近、お前の元カノと結婚したんだよな」


「うわ、懐かしい、その呼び方! そうそう、岡野くるみとな」


「嫁がそこにいるのに、元カノの話する?」


リョウが目を細めると、ユキヤはふん、とふんぞり返る。


「うちの奥さんも知ってる話だし。ところでその葛西がさ、継いだ旅館をリノベしてうちにホームページ作成を依頼したいってさっき電話が来てさ。それで」


ユキヤはハルのほうを見て続けた。


「俺かハルをご指名なんだわ。でもおれはスマホアプリやらサラサのECサイトやらコンサルやらで新規はキツいんだわな。だからハルに頼もうと思うんだよ。あと1件くらいいけるよな?」


ハルはスクリーンから目をそらさずに答える。


「まあ、いけないこともない」


リョウがため息をつく。


「それで、その話と私を呼んだのにはどんなつながりがいつごろ出てくるわけ?」


「もー。お前はせっかちだな。リョウ、お前アシスタントとしてじゃなくて、お目付け役としてハルと出張行ってきてくれ」


ユキヤはにやりと口角を上げた。



「——は?!」


リョウはユキヤを死ぬほど睨みつけた。

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