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第16話
(葵って……あのひとか)
リョウは足元に視線を落とす。
「——ああ、うん。そうか。うん、いいよ。じゃぁ」
短い通話が終わる。リョウはうすい笑みを口元に浮かべる。
「もしかして今から葵さんと会うの?」
「ああ、なんか話があるらしいから」
「そうか……」
ハルは車道に出ると一台のタクシーを止め、運転手に行き先を告げてリョウを押し込んだ。
「また明日な」
「ん」
ドアが閉まる。
走り出すタクシーからリョウはリアガラスを振り返る。
遠ざかるハルの後ろ姿。
「……」
前を向き、シートの背を持たれてため息をつく。膝の上で、バッグの紐をぎゅっと握りしめる。
リョウはいつも、この瞬間が大嫌いだ。
知り合ってから今までの九年間、リョウが知るだけでも数えきれないほどの女性と付き合っては別れをハルは繰り返していた。つき合うとは言っても半年以上持つことはなく、数か月から数週間、あるいは数日やワンナイトで終わることも珍しくはない。
だから新しい彼女ができたと聞いて、ひそかに落ち込むことはあっても不安に思うことはなかった。
どうせすぐに別れるから。
でも、間宮葵だけは違った。
二年前、あるニュース番組でユキヤがインタビューされたことがあった。番組側はハルにも出演を依頼したが、彼は絶対に承諾しなかったのでユキヤ一人での出演となった。
ハルの母親は元女優から実業家になった人だから、ハルはいろいろな意味で話が広がって面倒だからと、メディアの取材は避けていたのだ。
その時のユキヤが出演したニュース番組の司会を務めていたのが、ニュースキャスターの間宮葵だった。
確か、ユキヤやハルと同い年。
実業家のお嬢さん。スタンフォード大学出身で、暴力団、宗教団体や詐欺、美術品の窃盗事件などの報道も自ら取材する行動的な社会派美人キャスター。
出演したのはユキヤだけだったが、付き添いでハルとリョウもテレビ局について行った。その時にハルは葵と意気投合して、それ以来二人は親密な間柄なのだ。
葵は有名人ということもあり、関係は秘密にしているらしい。彼女はハルのことを束縛しない。お互いに忙しいのでたまにしか会わないようだが、それでも彼女は他の女性たちとは別のようだ。
だって、彼女とはもう二年も続いているから。
今夜も彼は、彼女の呼び出しに応じてリョウのもとを去って行った。
リョウは流れゆく夜の街の明かりをぼんやりと見つめながら自己嫌悪に陥る。
(お似合いだな……)
二人が一緒にいるところを思い浮かべては、暗闇の崖から落ちたような痛くて苦しい気持ちに胸が締め上げられる。
人目があるから、彼女はハルと外で会うことはない。だからきっと、ハルは彼女のマンションへ向かったのだろう。
「……」
はあぁ、とどす黒い嫉妬をゆっくりと吐き出す。
彼女には、敵わない。
リョウはタクシーの運転手に気づかれないように、鼻の奥にぐっと力を入れて泣きたいのを我慢した。
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