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第11話

ハルと共同で大学三年生の時に起業したユキヤも、幼い頃から天才と呼ばれてきた男だ。


小学校の授業でプログラミングに触れてから中学生で初めて本格的なアプリを開発し、高校でハルと出会い二人で改良を重ね、それをアメリカの企業に売却して巨万の富を得た。天才ではあるが飽きっぽくてうっかり者でお調子者だ。


九年前から、ハルが連れてきたリョウをからかって楽しんでいる。


起業して三年目、取引先の会社で総務部の課長だった七つ年上のユマに一目ぼれして、四年かけて口説き落として妻にした。飽きっぽいのにユマのことだけは諦めなかったと、ハルとリョウはいたく感心した。


それから三年。ユマも結婚を機に前の会社を退職して、ユキヤの会社で経理事務をしている。



「ねぇ、リョウちゃん。今日から新しく入る子、お願いするね。あたし銀行と税理事務所に行かないといけなくて」


ユマが申し訳なさそうに苦笑する。リョウはああ、と目を見開く。


「今日だったっけ? 古賀たくみ君」


「そう。初対面でもないから大丈夫だよね?」


「了解です」



そうだ、とリョウはうなずく。


留学していたために入社が半年ほど遅れた今年唯一の新入社員が、入社してくる日だった。


確か、色素の薄いふわっとくせっ毛の子犬みたいな子だったな、とリョウは新入社員の容姿を思い出す。というのも、二年ほど前に彼は夏休みと冬休みにインターンシップを兼ねてバイトで来ていたのだ。




「おはよう」


途中でテイクアウトしてきたカフェのコーヒーを手に、ぼんやりした表情のハルが大股でゆっくりとやってくる。すでに席についていたリョウと目が合うと、ハルは物憂げに首をかしげた。


「起きたらいなかったけど、何時に帰ったの?」


「ええと、四時過ぎだったかな」


「結局、話聞いてやれてなかったけど」


「もういいよ。いつものことでしょ?」


ハルはのんびりと何度かうなずいて、ユキヤとは反対の壁側の「センムトリシマリヤク席」に座り、すぐにメールチェックを始める。


ずずっと梅昆布茶を啜り、リョウも自分の仕事を始める。


ワンフロアせいぜい十五人の小さなオフィス。しかも全員、大学の先輩・後輩。朝まで一緒にいた話をしている二人の会話を聞いても、驚く人は誰ひとりとしていない。




そうして今日も、日常が始まる。




ユマは大きな瞳をくるりと回してリョウをちらりと見る。そしてそれから目を細めて壁側のハルを見る。


「……」


それから彼女はユキヤを見る。すると彼は妻と目を合わせ、きょろ、とハルを見てきょろ、とリョウを見て、それから口をへの字に曲げて肩をすくめる。




【この状態が何年目だって?】


ユマが社内チャットに打ち込むと、すぐにユキヤが返信する。


【九年目】


【あのままでいいの? よくないよね?】


【ちょっとした刺激が必要かなとは思ってる。まずは今日が第一弾】



『第一弾』? ふ、とユマは笑みを漏らす。



リョウが気づいて首をかしげるけれど、ユマは微笑んでごまかした。

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