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第10話
「勝手に寄ってきて、勝手な期待をして、勝手に失望して去って行くんだから気にすることじゃない」
ハルがよく言うセリフ。
冷たいなぁと思いつつも、確かにそうだよなとも思う。
「人はみんな自分のために生きるんだ。自己中で何が悪い」
ある意味、ハルは突き抜けている。だから天才なのかもしれない。
そんな人の近くにいるものだから、考えも影響を受けていて……今回もさほど傷ついてはいない。
むしろリョウが彼氏をひどく傷つけただろう。だから彼は去ったのだ。
傷つけたことは申し訳なく思う。そのことに関しては、罪悪感を感じる。
でもそれよりも何よりも心配なことは、自分がちょっと弱っている時にふと油断するとダムの放水時のようにどばどばとだだ洩れるハルへの思いを、誰か、特に本人に気づかれはしないかということだ。
それなのに一方では、失恋したり恋人と別れたと言えばハルが慰めてくれる、ハルを独り占めできるチャンスだと心躍ってしまう。
その相反する二つの感情に、ただただ混乱してしまう。
これはもう、病気だ。
九年間も持続している、ハル中毒。
気持ちに気づかれてはいけない。
二十センチの高低差を超えてはならない。
ぱん、と両手で両頬を叩く。
「大丈夫!」
なにが?
よくわからないけど、気合を入れて出勤する。
・✦・
「おはよう、リョウ。お前顔がむくんでるね。なにか粗相はやらかさなかったよな?」
オフィスに入るとすぐに、代表取締役のユキヤにいじられる。
彼は窓辺の「シャチョウ席」の黒皮チェアーに背を預け、脚を組んで優雅にお茶を飲んでいる。彼の「お茶」は昔から梅昆布茶と決まっている。
カジュアルなボタンダウンのシャツにブラックジーンズに皮のイタリアンハイブランドのスニーカー。生意気な大学生みたいに見えるけど立派な三十路男。
「おはよう、リョウちゃん。昨夜はちゃんと帰れた?」
中央のコの字席のひとつの席で、ショートカットの物憂げな美女ユマがPCから顔を上げて言った。
「おはよう先輩、ユマさん。私もそれ、飲もうかな」
リョウはユキヤの梅昆布茶を指さす。
「じゃあ、あたしが淹れてあげる」
ユマが立ち上がりドリンクコーナーに向かう。
リョウは両頬を抑え、キツとユキヤを睨む。
「大丈夫。ハル先輩がいたから」
ユキヤはにやりとする。面白がっているのはいつものことなので、いちいち反応しないでリョウは受け流す。
「あいつと一緒で大丈夫とか言う女はお前くらいだな」
「朝からムカつくから、絡んでこないでほしい。ウザいよ、先輩」
「なんで? お前たちは俺の唯一の娯楽なんだよ?」
リョウはユマの隣の席にすとんと腰を下ろして思いっきりユキヤを無視した。
「そうだよ、ユキ。思春期の娘とそのお父さんみたいだから、しつこくしちゃダメ」
梅昆布茶をリョウに手渡して、ユマが席に戻る。
「ありがとう、ユマさん。ユマさんはめちゃ素敵だけど、男の趣味だけは変だわ」
リョウは再びユキヤを睨む。
「それは……反論できないわ」
ユマはふっと笑う。
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