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第9話

『嫌だったら蹴り飛ばしてでも逃げるんだ』



その言葉はリョウにとって、焼き印のように心に深く刻みつけられた。


座右の銘になったと言っても過言ではない。





朝の気配を感じて目を覚ますと、午前4時18分。


そっと半身を起こす。


枕に埋まった頭が少し見える。ハルはよく眠っているみたいだ。



彼を起こさないようにハンガーにかけたミニドレスを手に、そっと寝室を出る。


そして着替えてオートロックのドアを極力音がしないように慎重に閉める。



夜明け前に、自分の家に戻ることができた。


二日酔いで頭がすっきりしないけれど、毎朝のルーティーンとして出勤準備に取り掛かる。


気を取り直してメイクして髪を巻いてゆるりとひとつに束ねる。


朝日が昇り明るくなるころには、完璧な美女が鏡の中にいた。




はぁぁ、と深いため息。


ひたすら自己嫌悪に陥ってからコーヒーをセットしていてふと思い出す。


ああ、私また逃げ出しちゃったんだった。



振られるのは確かにハルの言う通り、自業自得だ。


100%納得できる。


ふう、とため息をつく。



いつも体が勝手に動いて逃げてしまうのは、仕方のないことだ。


誰かに好意を向けられる。


誰かに愛を求められる。


誰かに一緒に旅行に行きたいと言われる。


誰かに触れたいと言われる。



でも。



誰かと二人きりで出かけたり食事したり。


誰かと親密な雰囲気になって、夜のデートでキスしたり。


そういう時にいつも冷ややかすぎるくらいに超冷静な自分がいて、客観的な立場で自分と相手を見ていて、そのうえ実況中継しているみたいな感じ。



向かい合ってロマンティックなディナーの最中でも、「うーん、何か違う。ああ、なんかこの人、食べ方がキモいわ。自慢話ばっかだし」なんて考えていたり。


街中で手をつないで歩こうと言われてそれくらいならいいかと思うも、「力、強すぎ。ああああ、手汗! いつ放してくれるのかな……」とか。


キスされてもこれ以上は無理って、かたくなに唇を引き結んで注意をそらさせたり。



普通は好きになった相手のことは至らない部分もかわいく思えたり、ちょっとしたことでも大げさに好意的に見るものじゃないかなとは考えるけど。


気が付くと、相手のあら探しばかりしている自分がいる。



そういう自分は、すごく悪い奴だとは思う。


だから、最近は誰とも付き合わないようにしているんだけれど、あまりにも浮いた噂がないと、周囲に変に勘繰られる。


強く押されて嫌悪感を抱かない無難な対応ならば、軽い付き合いくらいはなんとなく受けている。


でも、本気になることは不思議なほど全くない。



(私って、酷いやつだな)



とは思うものの……

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