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第5話

「逃げる女」




リョウの仲間内で囁かれる、彼女のひそやかな二つ名。



今回は、つき合って二か月半になる彼氏からプロポーズされ、間髪入れずに「ごめんなさい」と答えて瞬殺した。


デート中にその場から逃げ出すと、彼氏からの着信をすべて無視した。


その三日後に「ごめんね。あの時は動揺しちゃったから」とメッセージを送ると、「もういいよ」という返事。


一週間後に会った時、彼は「別れよう」と言ってきた。



……わかってる。


リョウが悪いのだ。


つき合ってたった二か月半の相手と結婚なんて考えられるわけがない。


いや、相手が誰であったとしても、結婚なんて無理だ。


ハルが言ったように、相手がショックを受けていることも、重々承知している。


決死の思いで求愛した相手に、五秒も経たないうちに断られたのだ。


相手に申し訳なかった、とは思う。



でも彼はのちに会った時に言ったのだ。


「つき合って二か月経っても、キスどころか手さえつないだこともなかった。きみは僕のことなんて、少しも好きじゃなかったんだね。運命を感じたからってプロポーズまでした僕があさはかだったみたいだ」




――言われてみて、気が付いた。


たしかに……


でも、手さえつないだことがなかった、ですって?


ホントに?



確かその前は……



ええと……




十か月くらい前?


三か月くらいつき合っていて、手もつないだし、キスもした。その相手に、無理やりホテルに連れ込まれた。


嫌だって言ったのに、かなり強引に腕を引っ張られて。


売られて殺されることがわかっている子牛みたいに。


生命の危機ってやつ? が発動したのね。



苦し紛れに「結婚するまでは関係を持ちたくない」と言うと、「じゃあ結婚しよう」と言われた。


リョウは頭に血が上って「死んでも嫌だ!」と叫び、相手をバッグで殴って逃げ出した。




そう、そのことがあったから、今度は「ゆっくりと時間をかけてお互いを知っていきたい」と相手に言ったのだ。



その前の前は、何度か見たことがある取引先の営業マンにいきなりプロポーズされて、これも間髪入れずに「ごめんなさい」と叫んで逃げ出した。彼は外国人みたいに膝までついてバラの花束までくれたけど。



ナイトクラブでナンパされても脱兎のごとく逃げ出すし、行きつけのカフェのバイトの学生に告白されたときも即答で「ごめんなさい」と答えた。



「逃げた」ことが増えるたびに、いつしか周りからは「逃げる女」と呼ばれるようになった。そして今回もまた、その記録を更新してしまった。




逃げるのは、仕方がなかった。ほかに選択肢は無い。


本当はリョウは、別に誰ともつき合いたくないし、結婚もしたくない。


どんなに熱烈な告白を受けても、どんなに大切にされても、心が一ミリも動かない。



それは彼女が、九年間もずっと一人のひとだけを思い続けているから。


ハルだけをずっと、思い続けているから。

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