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第3話
酔っぱらいに力のアジャストは難しい。
浅く斜めに座っていたハルはとっさに両手でリョウの細いウエストを捕まえて、後ろに倒れないようにバランスを取って彼女の耳元でそっと囁いた。
「リョウ。飲み過ぎ。残りは帰ってから聞いてあげるから、もう出よう」
「そう言って私をタクシーに放り込んだらっぁあぁっ……!」
小さな子供を抱きかかえるように左手でひょい、とリョウを抱え、ハルは決済を済ませた。
そしてリョウのバッグを掴み取ると、彼女を抱えたまま立ち上がり出口へ向かった。
失望のため息が、あちこちから漏れる。
タクシーの揺れが心地よくて、リョウはうとうとと夢の中と現実を行ったり来たりする。
フゼアタバックの慣れた香り。肩のくぼみに頭を預けてスーツのジャケットとシャツの間に入れた腕を巻き付ける。
あたたかな体温。規則正しい鼓動が耳に響いて、すごく安心する。
タクシーを抱えられたまま引きずり出されるように降り、セキュリティを抜けエレベーターで上がっていき、たどり着いたのはハルの家。
「靴、脱いで」
ほとんど無意識に、言われるがままに足首をごろごろと動かしてヒールを脱ぐ。
タオルと、着替えのTシャツとスウェットパンツとを渡されて、背中のファスナーを降ろされてシャワーに押し込まれる。
もぞもぞと酔っぱらったままシャワーを浴びて、髪を乾かす。
置いておいた自分のオールインワンゲルを塗る。酔いながらも誰か使った形跡はないかとチェックしたけれど、減ってないのを認めてひそかに安堵する。
着ていたブラックミニドレスを抱えてリビングに戻ると、ハルは小声で誰かと通話していた。
(絶対に、女でしょ!)
リョウは唇を尖らせた。
くるりと寝室へ向かい、クローゼットの中から空いているハンガーを取り出して、自分のブラックミニドレスを掛けた。
何を話しているのかは聞き取れないし聞きたくもないけれど、楽しそうな声音は感じ取れる。
リョウは広いベッドの—―下に引き出された、低いマットレスの上にぽすんと座り、ベッドにうつ伏せに寄りかかる。
わかってる。
変な焦燥感と悲しさに、押しつぶされそうになる。
今日、失恋したこととは比べ物にならないくらい、さらに深い悲しみ。
目を閉じる。
リビングの話声はもうしなくなり、浴室に入る足音とドアの音が聞こえる。
ため息をつく。
わかってる。
こんなにも好きで好きで好きで、他の誰にもとられたくないのに。
気持ちをひた隠しにして我儘な妹のようにふるまって、わざと手のかかるような態度で世話を焼いてもらってだだをこねる。
もしも……
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