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第2話

「どうしてあんな地味な子が?」




……ここ2年で一番良く言われる言葉。もう慣れ過ぎて素で聞き流すだけ。


これにはふたつの理由が挙げられる。


まず第一に、入社2年目にして専務秘書に任命されたこと。




わが社の会長の孫で社長の次男、そして副社長の弟である我が上司、富小路陸人とみこうじりくと専務。


27歳の若さで専務に就任したときはやはり二重三重の七光だと噂されたけれど、この2年でその手のやっかみの噂をすべて払しょくしたすごい人。


政財界の子女があまた通う私立の名門学校を幼稚園からエスカレーター式に大学まで通い、途中イギリスに留学、MBAを取得したエリート。


そのうえ富小路家の代々のイケメンDNAと、もとミスユニバース日本代表の母親の美貌を受け継いだ完璧な美男子。兄の副社長が社長ちちおや似のワイルド系な感じなら、専務は知的で穏やかで優し気な感じ。正真正銘の王子様。留学から帰国後は1年間、地方の支社で業務を覚えてから本社に栄転した。


兄の副社長はメインの取引先の銀行の頭取の娘と結婚しているので、独身の専務は本社中の女性たちからかっこうの獲物……ではなく、最上級の玉の輿優良株として狙われていた。



本社就任に当たり、独身のイケメン専務の専属秘書には誰がなるか?



秘書室はわれもわれもと自己推薦する秘書たちの牽制のし合いで、緊張状態が続いていた。


そりゃあ常務みたいなセクハラおやじの秘書は嫌だけど(女子はだれもやりたがらないので、常務の秘書はそういうわけで相川君という私の一つ上の先輩だ)、しかも実際に社長の次男を見たことがないのでどれくらいイケメンなのかわからないけど、イケメンも緊張するからいやだなと私は戦いをはじめから放棄していた。


もちろん、イケメン重役の秘書の座をつかみ合いのサバイバルケンカでもしそうな雰囲気で奪い合っている方々は、秘書としては・・・・・・かなり優秀な方々ではある。「どんくさい、要領が悪い」と先輩方からからかわれる私としては、正直、重役つきは荷が重い。ということで、その戦いの勝者は誰になるのか高みの見物をしていた、はず、なのに……



「専務が直々に書類審査でお選びになったんだ。おめでとう山野井君、頑張ってくれたまえ!」



……と、秘書室長に笑顔でさわやかに言い渡されてしまった。


「なぜ????」


「どうして?????」


「ありえないでしょ!!!」


「直々って、なんなの???」


「あの子のキャリアのどこが専務の目に留まったって言うのっ!!!」


先輩たちは怒り狂って悔しがっていたっけ。どうして直々に書類審査して私だったのか、それはのちにわかることになるけどこの時点では誰にもわからなかった。



こうして私は重要任務を言い渡されて、重役付の秘書になった。


それまで2年間は、社長秘書の先輩の下で第3秘書(使いっ走りともいう)をしていたので、まったく基礎知識がないわけじゃなかったけど……


初めのうちは、何もかもが大変だったっけ。




専務に初めて会った日は、今でもよく覚えてる。



眼光鋭い会長や社長、副社長とは違って、なんていうかな……本当に、王子様だったな。子供女子でも、手放しで惚れてしまいそうな感じ。


すごく整ってきれいな顔なんだけど女っぽいわけではなくて、育ちの良さが表情や所作に表れていて、アイドルや俳優も顔負けのイケメンオーラでキラキラ輝いて見えた。


「ヘマをするんじゃないわよ!」


「くれぐれも粗相のないようにね!」


「本社の秘書のレベルが低いと思われないように!」


先輩たちにさんざん脅されていたので、緊張して噛みまくって舌が回らなかった私は、


「よろしゅくお願いしまっしゅ」


とごにょごにょと言ってしまったのだ。


秘書室長は眉をひそめたけど、専務はやんわりと微笑んで、こちらこそよろしくお願いします、と丁寧にあいさつを返してくれたのだ。




顔がいいだけじゃなくて、専務は性格もよかった。部下たちに対しては丁寧で敬意をもって接してくれているのがよくわかったし、取引先に対しても柔和で腰は低めだけど必ず利益を得てくる。七光りという言葉が自然と消えて、評判は社内外でうなぎ上りに上がっていった。


結婚やお見合いの話はひっきりなし、社内の女性社員たちもあわよくばと夢を見て、何とかして専務の関心を引こうと私にまで取り入る始末。


それでも専務は誰も選ばない。


「恥ずかしいから内緒だけど、ちょっと前に振られたんです。今は仕事に専念したいし」


若きエリートイケメンは、執務室でお茶の時間に照れて苦笑しながら、誰にもなびかない理由をこそっと教えてくれた。


専務を振るとは、いったいどんな人なんだろう? 超自信家絶世の美女(女優とかモデル?)か、わがままなお嬢様か。どうであれ、私は(仕事で)空気を読むことだけはうまいのだ。だから、それは専務の独り言として聞き流した。



そしてもう一方は、駿也だ。


初出勤の日から数か月の間、ひとめぼれしたと言って私を口説き続けたから。初めから可能性ゼロにされた自信に満ちたかたたちは、わざわざ秘書室にまで私を偵察に来てディスってきた。


「なんであの子ばっかり?!」


「上司がイケメン、彼氏もイケメンって、どんだけなスペックよ?」


「地味地味じゃない!! 専務も圷さんも視力おかしいよね」


ちょっとちょっと、たしかに駿也は彼氏だから彼の好みがおかしいことには同意するけど、専務はただの上司ですから。私は顔で選ばれたわけではないに決まってるでしょう。一緒に働いているだけなのに。だからといって、仕事ができるからとか何かの才能があるからとかも言えないけどね。


逆に言えば、一番無難で誘惑してくる心配がなさそうな奴ということで、選ばれた可能性は5パーセントくらいはあるかもしれないけど。


……もしそうだったとしても、専務本人じゃなく、秘書室長が忖度して気を回して無難な秘書わたしをつけたとかね、安全なコマとして……はは。

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