LOVE, HATE + LUST
しえる
第1話 はじまりは終わりの予感
1-1
第1話
「今度の土曜日、海を見に行こう」
ソファで一緒に映画を見ていた
いつも仕事で疲れているから、土日は家の中でごろごろするか近場の散歩くらいなのに。
「なんで海? もう夏は終わったのに……」
私が首をかしげると、会社での完璧な姿からは想像もつかないぼさぼさ髪をかき上げて、けだるげに言った。
「んー。ちょっと。海外出張の前に、やりたいことがあってさ。付き合ってくれるか?」
はて。「行きたいところ」でもなく「見たいもの」でもなく、「やりたいこと」?
よくわからないけど……久しぶりの、デートだ。
「いいよ」
私はにへら、と笑んで首を縦に振った。
そういえば、今度の週末で、私たちが付き合い始めて2年になる。
私たちは会社で出会った。
大きな商社の渉外部の課長になったばかりの駿也は、とても忙しい。30歳で課長なのは、優秀さを買われてヘッドハンティングされて来たかららしい。
2年前は係長で転職してきた。そして彼の転職初日に私たちは社内で偶然に出会った。
私は秘書で、その当時は専務つきになって1年目だった。
覚えることがたくさんあって、専務は会長の孫で社長の次男、副社長の弟なので、粗相のないように毎日神経をすり減らせていた。
専務秘書とはいっても、「完璧なデキる女」を想像しないでほしい。
私は抜きんでた美貌にも手際の良さにも恵まれていない、完全努力型の人間だ。そして、肝っ玉がミジンコ並み。ネズミじゃない、ミジンコ。
そして分別はつくし、ちゃんと身の程をわきまえている。社内の各部署の人気者、結婚の優良株の男性社員たちの関心を得ようと、ほかの女性社員たちとの血で血を洗うような争奪戦に参戦しようとは思わない。
地道に、地味に、シンプルに。平穏に会社勤めができればそれで満足だった。
2年前のその日、私は専務のお使いで渉外部へ向かっていた。役員フロアからエレベーターに乗って、3階下へ。ドアが開いたとき、いつもとは違うどこか浮きあしたったざわめいた感じに気が付いた。
女性社員たちが、どこかそわそわとパステルピンク色に色めき立っている。なんだろうと、偶然見かけた同期の子を捕まえて聞いてみると、新しく就任してきた係長が若くてかなりのイケメンらしい。
うん、私にはどうでもいいことだ。用事があるのは最近、増毛施術疑惑のあるアラフィフの部長だもの。
部長のデスクに専務から託された稟議書を置いて、ベタなセクハラ攻撃を笑顔でかわし、速やかに用事を済ます。そそくさと部屋を出てエレベーターまでの廊下を歩いていると、背後から誰かに呼び止められた。
聞き慣れない声に立ち止まり振り返ると、見たことのない長身の男性が少し息を弾ませて必死の形相で小走りに走り寄ってくるところだった。私は首をかしげる。
何でしょうか? と無難に笑顔とも不愛想ともつかない柔らかめの
すると彼は胸を押さえ、息を整えてから「歩くの速いですね」と言って笑顔を見せた。
うう、眩しい。イケメンの笑顔、直視できない。
私が一瞬怯むと、彼はさわやかに言い放った。
「今、部長にお名前をうかがってきました。初めまして、専務秘書の
会社で、初対面の相手に「ひとめぼれしました」なんて言う男を、誰が真に受けますか? しかも私は、ひとめぼれされるほどの絶世の美女でもないのに。ごく普通のどこにでもいるような無難な外見なのに?
あまりの驚きで私は小さくひゅっと悲鳴を飲み込むと、踵を返して一目散にエレベーターへ駆け込んでボタンを連打した。
そして無事に役員フロアに逃げ切ったが、それから3か月間、駿也はあらゆる手段を駆使してアプローチを続けた。別に断る理由なんてないんじゃないかという周りの説得もあり、そういわれると反論できない私は、彼と付き合うことにしたのだった。
それが2年も続くなんて、自分でもびっくり。すぐに飽きられるかと思っていたのにね。
「朔、グランドホテルっていう所に寄って、この前イタリアから輸入した家具類を確認したいから、昼はそこで飯にしよう」
土曜の朝に駿也が言った。
あ、なんだ。仕事の延長線上ね。それが「やりたいこと」だったのかな? 「行きたいところ」」と「見たいもの」じゃないの? まぁいいけど。ホテルのレストランならと、私はパフスリーブのAラインのミディアム丈のワンピースを選んだ。
1時間少しのドライブで、海辺の大きなホテルに到着する。
ロビーや客室の家具を見せてもらい、総支配人に挨拶を済ます。予約した時間にレストランに行き、炭酸水で乾杯する。
そして駿也は私の前に小さな箱を差し出して、初めて会った日のようにまっすぐに私を見つめて言ったのだ。
「朔。結婚しよう?」
はい?
それは……世間一般で言う、球根、いや、
そ、それが、「やりたいこと」???
青天の霹靂だった……
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