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第3話

「朔、お昼行こっ!」


昼休み、専務の執務室から出て同じフロアの秘書室に行くと、かけるちゃんがぴょんと近寄ってきた。


私の同期で同じ秘書課、入社初日と新入社員研修を経て一番の親友になった男の子、麻生翔。


入社式で偶然隣の席になった時、くるりと顔だけこっちを向かれて突然言われた第一声が、


「きみ、地味っ!」


だった。


私が秘書課で何とか無難にTPOを守れているのは、翔ちゃんのセンスとファッションアドバイスのおかげなのだ。


同い年には見えないキュートなベビーフェイス、お肌はつるつるでファッションセンスは秘書課で一番。小鹿のような外見は肉食系ハンターのお姉さまがた受けがすさまじいけど、好き嫌いが激しくて何の忖度もなく言いたいことははっきりと口にしてしまう。その毒舌にやられて撃沈していったお姉さま社員たちのなかでもドMのかたたちだけは、強烈なツンをお見舞いされたくて何度でもちょっかいを出してくる。


でも翔ちゃんは残念ながら、どんな美女でも落とせない。なぜならば、彼には3年越しの同棲している恋人がいるから。


会社では私しか知らない、翔ちゃんの恋人。最近人気のモデル出身の若手俳優で、翔ちゃんよりひとつ年下の男の子。



社内では私たちは「双子ちゃん」とか「ニコイチ」とか呼ばれている。朔と翔、なんか漢字も似てるし? 翔ちゃんが私に見せるデレを同様にお見舞いされようと期待した女性社員たちが接近してくると、彼は機嫌の悪いネコちゃんみたいにネコパンチ級のツンを食らわせる。


カミングアウトはしていないけど、慎重に隠しているふうでもない。まあ、相手が相手だけにその辺で目撃されることは絶対にしないし社内では大人しめに抑えているから、誰にもばれてないだけ。もしも営業1課の事務の佐藤さんとかが知ったら、BLに沼っている彼女のことだから、鼻息を荒くしながら翔ちゃんをストーキングしだすかもしれない。



会社の近所の裏路地の小さなイタリアンレストラン。


「——それで、もう返事したの?」


翔ちゃんの質問に、私はへ? と首をかしげる。


「なんの?」


「もうっ、プロポーズに決まってんじゃん! 出張先からの電話で言ってたよね?!」


あー、と私は顔をのけぞらす。


「されてから、2週間くらいたつよね」


「うん」


「結婚」


「うん?」


「興味ないんだよね?」


「……まあね」


「それで、返事は?」


「とりあえず、はいって言っておいた。でもその三日後から10月の半ばまでイタリアに出張に行っちゃったし、私も専務の地方出張にあちこち同行してたし」


「とりあえず?」


「うーん、一応は帰ってきたら、正式に受ける方向で」


「結婚、したくないのに?」


「結婚したくないからしません、って理由になる? あなたと・・・・結婚したくない、じゃなくて、結婚が・・・、したくないからって」


「まぁ、2年も付き合った人にそれ言うのは勇気が必要だね。破局覚悟で」


「なんで、結婚したいのかな……」


「知らないよ。本人に訊きなよ。でも僕的には、ああいうタイプは信用ならないんだよな。結婚には保守的っぽいけどさ、浮気は浮気で別物って感じ」


「なにそれ。翔ちゃん、はじめから駿也に辛口だよね」


「男の勘だよ。朔に惚れてるのは本当だろうけど。ああいう男は、見た目がいいうちはそこにいるだけで虫が寄ってくるし」


「結婚しても、言い寄られるってこと?」


「結婚したから、言い寄ってくる女もたくさんいると思うよ」


「妻が私じゃナメられるってことね……」


「そんなことないよ、朔は魅力的だよ。自己評価がへんな思い込みでめちゃ低いけど。あいつだってひとめぼれしたくらいだし。まぁ、世間一般の女子たちからはナメられるだろうけど」


私ははははと力なく笑う。やっぱりナメられるのね。


「とにかく、あいつがイタリアから戻ったら、早いとこ公表することだね。今だって進行形であの男を狙ってる女が結構いるんだから」


「そんなに?」


「優良株だからさ。朔からだまし取ってでも奪いたいって、給湯室で話してるの聞いたことあるよ」


「恐ろしい……奪われれる気しかしない」


「なんで他人ひと事なのさ。しっかりしなよ、結婚するならね」


「するのかな……」


「……」





昼休みが終わり休憩サロンのカフェで翔ちゃんとおしゃべりをしながらコーヒーを買っていると、背後から抱きつかれて腕を取られた。オフィスでつけるにはちょっと濃すぎるオリエンタルフローラルの香りにむせそうになるのを、息を止めて気合でこらえる。


「山野井さぁん。お昼誘おうと思ってたのに。どこに行ってきたんですか?」


隣で翔ちゃんがぐるりと目玉を回して天井を見る。はは、来た、ね。


「麻生さんと行ってきたんですねっ! あたしも行きたかったです」


翔ちゃんに言わせると「あれって絶対に自分がかわいいと思い込んでるあざとい女の話し方‼」という(?)、ちょっと甘えたようなゆっくりとした話し方。


「はは。メッセージくれればよかったんだけど。私もかけ……麻生君もおなかが減りすぎたみたい。急いでお昼に行っちゃった」


私は左腕をがっつりホールドされたまま愛想笑いを浮かべた。ちらと左肩を見やると、リスのように愛らしい顔が私をじっと見つめている。翔ちゃんは先に注文してさっさと私を置いて戻って(=逃げて)しまった。

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