外伝 ~レニャの独り言~ ①
第134話
空が抜けるほど晴れ渡った初夏のある日。
前大公と前大公妃の、合同葬儀が行われた。喪主は新しく大公となられた、私のお父様。
本当に、なんていうことでしょう。生前から仲のいいことで有名だった私の父方の祖父母は、ほとんど間を置かずに一緒にこの世を去ったのでした。
祖父は自己流で剣を極めるほど腕の立つ剣士で、ほんの子供のころから戦場を渡り歩き、長じては数か国をまたにかける最強の傭兵団を率いるような破天荒な人でした。そのくせこの国の王弟で大公で……。まったく、呆れますね。
祖母は商人の娘で、早くに両親を亡くし継母とその連れ子に虐待されていたのを隣国の王子に助け出されて王子妃になったにもかかわらず、その座をあっさりと捨てて離婚して祖父と出会い恋に落ち、再婚して大公妃となりました。
二人の風変わりな物語は、まだこの地が大公領だったころから半世紀もの間すたれることなく、大公国の首都となった今でもなお熱心に語り継がれています。
「かなり脚色されていてなんだかむず痒いくらい恥ずかしいわね!」と祖母は豪快に笑っていたけれど。話の筋は、ほぼ真実らしいのです。幼いころから寝物語に乳母が話してくれたおとぎ話が自分の祖母のことだと気づいたのは、十二になったころでしょうか。がぜん興味がわいて、私は祖母に直談判しました。
「おばあさま。ちまたに語り継がれている物語は、おばあさまのことでしょう? 私にだけこっそり、もっと詳しく本当のことを教えていただけませんか?」
大公妃として、祖母は非の打ち所のない方でした。その美しさ、品格、民への慈悲と慈愛、そして家族への深い愛。「大公妃のように」は貴族家門の娘たちが親たちからよく
でも……彼女は公私の区別をきっちとつける一方位で、そのくせおちゃめな面も持ち合わせていらっしゃいました。
家族にだけ見せる、かわいい面。
「レニャ! こっそりはちみつパン買いに行こう! サンドウィッチ作ってピクニックに行きたいな」
時々、祖母の使う言葉や作り出す料理は一般的には知られていないものも多かった。「さんどうぃっち」なるものは、たぶん祖母が作り出すもの以外どこにも存在しなかった。「まかろん」も「しふぉんけーき」もしかり。家族だけが知る祖母。「なんでも好きにさせてやれ」と言って、祖父はいつもそんなエキセントリックな祖母の一面を笑顔で見守っていた。
私の父・現大公やその双子の弟である叔父は、乳母もいたがほぼ祖母自身によって愛情たっぷりに育てられた。これはとてもまれなことだ(ただ、本人たちは大の大人になってからも「私のウサちゃんたち」と呼ばれることを、とても恥ずかしがっていたけれど)。
「レニャ」
仲良く並んだ墓石の前に佇んでいると、湿り気のあるかすれた細い声に呼ばれ、私は振り返った。
「王女様」
ヴァイスベルク現国王の第一王女で、私の従姉にあたるウィノラ様だ。彼女は前国王の王女で現国王ケリー様と、宰相でその王配であられる私の叔父との娘である。
「誰も周りにいないわ。楽に話して」
「はい、ノラお姉様」
私は力ない微笑みを浮かべた。彼女の両目は真っ赤に充血している。棺に献花するときに、かなり長い間取りすがって泣いていらしたわね。
彼女は私の隣に来て、私の手に自分の手を絡めると、私の肩に頭をのせて深いため息をついた。
「すてきな方だったわね、わたくしたちのおばあさまは」
「そうね。あ、おばあさまが亡くなる前にこうおっしゃってたのよ」
「え? 何をおっしゃっていたの?」
お姉様は私の肩から頭を離して私を見つめた。
「おばあさまはお若いころに一度、湖に落ちて亡くなりかけたんですって。でもおじいさまがお助けして、命を取り留められたの。死ぬのは二度目だし、それにおじいさまをみとったから、死ぬのはむしろ楽しみなんだって」
お姉様はうっっと喉を詰まらせながら、苦笑を浮かべられた。
「ふふ……なんて……おばあさまらしいお言葉ね」
「そうでしょう? それに」
私はお姉様の手を取ってぎゅっと両手で握った。
「私たちのおばあさまは、人々の心の中にこれからもずっとずっと生き続けるの。物語となって、広く流布されるわ」
「そうね」
「それにね、私、彼女の伝記を書こうと思うの」
お姉様は涙を浮かべたまま微笑まれた。
あなたはおばあさまによく似ているわね、と言いながら。
そう、周りのみんながよく言うの。私はおばあさまにそっくりだって。顔立ちも孫の中では一番似ているし、髪の色も性格も似てるって。私が生まれた時、あばあさまがおっしゃった。
「あらぁ。なんてかわいいの? あなたには、私の名前を上げましょうね」
そうして私はミドルネームにおばあさまと同じヴィヴェカという名前を授けられた。私はそれをとても誇りに思っている。あのおばあさまの孫であることだけでも誇らしいのに、名前までいただいているのだ。
「公女様」
また声をかけられた。振り返ると、黒衣の細身の男性が立っている。
「師匠」
私は振り返り、丁寧に頭を下げた。
「お久しぶりでございます」
私の言葉に師匠は困ったような苦笑をその美しい顔に浮かべた。
「ご無沙汰しておりました」
師匠は悲しそうな穏やかな灰色の瞳を、祖父の墓石に注いだ。
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