外伝 ~トニの独り言~
第133話
今日もめまぐるしい一日があっという間に過ぎ去った。
私の名前はアントニア。ひと月前に十八歳になったばかり。
みんなは私をトニって呼ぶわ。お父様は伯爵だったけど、十年前のアイレンベルク公爵のクーデター未遂事件で公爵に連座して没落したわ。私とお母様は家を出て貴族の身分を捨てて、今は隣国の大公妃となったヴィヴェカ様が始められたハーブ園を切り盛りしてるの。貴族ではなくなったけど、今は母も私もすごく幸せよ。
街のど真ん中の小さな畑から始めて、ヨーンおじいちゃんのハーブ栽培の手腕のおかげでいまやアルトマン商会のハーブ畑は、郊外の広大な土地にまで及ぶの。手に職をつけたいという女性や障害のある人たちをたくさん雇い入れて、栽培から加工、流通、販売までを手掛けているの。
これはヴィヴェカ様のアイディアだったんだけど、本当に素晴らしいわ。利益は従業員への給金と、職業学校や児童養護施設などの運営に充てられているのよ。今は私の母が二つの施設の院長を務めている。私も母の跡を継ぐべく、いろいろなことを学んでいる最中なの。
ヴィヴェカ様は本当に稀有なおかたなの。
この国・シュタインベルクのもと第一王子妃であられた。そのままならやがては王太子妃、そして王妃になられるはずだったのに、十年前に自ら廃妃になられ、いまやお隣の国・ヴァイスベルクの王弟の妃であられる。もともとは商人のお嬢さんだったということで、彼女のドラマティックな人生はおとぎ話として庶民の間で大人気なの。
そして彼女は、私たち母娘の恩人でもある。
十年前のクーデター未遂事件で、アイレンベルク公爵の妹であった側妃の侍女だった母は、当時の第一王子の暗殺を命じられた。私は公爵に人質として取られ、母は仕方なく命令に従った。でも、ヴィヴェカ様がそれを防いでくださったの。拉致されていた私のことも助け出してくださった。
私には多方面において優秀な家庭教師の先生方をつけてくれたので、私は同年代の少女たちよりもはるかに膨大な知識と教養を身に着けることができた。
だから今は私は母の補佐をしている。毎日いろいろなことが学べてとても充実していて楽しいの。
ヴィヴェカ様のお父様とナデァ様のお父様が共同で始めたアルトマン商会は、かつてはナデァ様のお兄様が後を継いでおられた。でも今はヴァイスベルク国の大公になられたので、彼の部下のアダリー様が商会長として商会を運営していらっしゃるの。
傭兵団は大公家の私兵となって、大公殿下の指揮下にある。はじめは大公殿下は乳兄弟で魔術師でもあるブラッツ様に任せようとなさっていたみたいだけど、ブラッツ様の魔術を究めたいという希望によって諦めたのですって。
ブラッツ様は、今でも大公の補佐官を務めていらっしゃるけど、一年のほとんどを
独り身を貫いていた、といえばヴィヴェカ様の護衛騎士のキーランド様は、ナデァ様と結婚なさったわ。みんなびっくりしたけど、私はお似合いだと思うの。大きなキーランド様と小柄なナデア様。友達同士みたいに仲良しでいらっしゃる。お二人の娘のシアナ様もすっごくかわいいしね。最近、息子さんが生まれたみたい。私も早く会いたいな。
ヴィヴェカ様の双子の公子様達も可愛すぎる。
一度遊びに連れてこられたけど、ホントにかわいかった。
私の将来の夢はね……素敵な人と結婚してかわいい子供を持つ……ことよりも、ひとの役に立つ人になることなの。ヴィヴェカ様にいただいた機会を最大限に生かして、私のように母子家庭の子供たちや働きたくても働けない人たち、自立できない女性たちが生活に困らないように手伝うの。
それをお話したら、ヴィヴェカ様がおっしゃってくださったの。
「人のために役に立ちたいって考えは素晴らしいことね。ひとはどうしても自分優先の利己的な考えをしてしまいがちだから。でもね、トニ。あなたはあなたが思うように、自由に生きればいいの。何かしたいことがあったら、とりあえずやってみるのよ。そして困ったときは必ず私に相談してね?」
ああ。
なんて素敵な女性なんでしょう。
そんな彼女に出会えた私は、なんて幸運なんでしょう。
世間ではヴィヴェカ様に
一国の王子に見初められたけど、あっさりと王子妃の座をお捨てになった。福祉事業を展開して多くの困った人々に手を差し伸べて、新しい恋を見つけて隣国の大公妃とおなりになった。自由に、生き生きと光り輝いて、いつまでもお美しい。
私も彼女を見習って、素敵な女性になりたいと思う。
さて、今日の日誌を書いたら、明日のためにベッドへ行くとしましょう。
おやすみなさい。
よい夢を。
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