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第131話
十年前にヴィ様はシュタインベルク国第一王子と離婚したあと、私の兄と恋に落ちた。そして二人は九年前に結婚して、八年前に双子の公子たちを設けた。前の婚姻では六年経ってもお子に恵まれなかったのに、再婚なさってからは一年もたたずにご懐妊なさった。
それでは第一王子のほうに不妊の問題があったのかと思いきや、かのお方も離婚の三年後に北の国の王女と再婚なさり、すぐに跡継ぎの王子を筆頭に第二王子と第一王女を設けられた。
縁とはまことに不思議なもの。
「さぁ、ウサちゃんたち。叔母様にご挨拶して」
ヴィ様が双子の丸々とした頬にキスを落としてそう言った。四つの青い瞳が私に向けられる。彼らは私に男性のする正式なお辞儀をした。
「叔母様、いらっしゃいませ」
「ごきげんよう」
それを見たヴィ様がうんうんとうなずかれる。
「はい、よくできました。じゃあ、また遊んでいらっしゃい」
「はい!」
「はぁい。シアナ、行くよ!」
「うん。お母様、私も行くね!」
三匹の子ウサギたちはまた元気にバラの垣根の向こうに姿を消した。
「あの調子では、また帰り際にぐずりだしますね」
小さな背中たちを見送って苦笑すると、ヴィ様はふふと笑われる。
「
ヴィ様はいたずらっ子のようにウィンクなさる。
「そうですね……」
本当は、そうしたい。
私はいつだって、わが主君のおそばにいたいから。
兄は私の父の跡を継いでシュタインベルクでは子爵であり、商会と傭兵団を運営していた。気ままに生きていけばいいと思っていなようだ。しかし彼は、ヴィ様と恋に落ちてしまった。シュタインベルクの国王が一度廃妃にしたヴィ様をまた王子妃に戻そうとしたとき、兄はヴァイスベルクの大公であり王弟である本当の身分を、ヴィ様を取られないために利用することにした。気ままな他国の子爵の座を私に譲り、この国の大公として収まったのだ。
おかげで私は思いがけなくもリンガー子爵として生きることになってしまった。大好きなヴィ様のおそばで侍女として生きたかったけれど、ヴィ様の幸せのために兄の犠牲になることを選んだ。
そうしてここ十年近く、私はリンガー子爵として一年の四分の三を領地で暮らし、四分の一をヴィ様のもとで暮らすということを繰り返していた。私の娘シアナも、ほんの赤子のころから領地とこの城を行き来しながら大きくなってきた。
彼女にとってそれは当然の日常の一部であるようだ。ここには、彼女の父親が常駐しているし。
「あら。噂をすれば。訓練が終わったみたいね」
ヴィ様は首を伸ばし、小道の遠くを見て微笑まれた。その視線の先をたどると、私の夫がのんびりした大股でのしのしと歩いてくるのが見えた。大公家の騎士団の、黒の制服を着ている。
「ただいま戻りました」
彼は妻である私よりも先にヴィ様に挨拶をした。私は口元に微笑を浮かべる。私たち夫婦にとって、ヴィ様は一生のあるじなのでそれは当然のことなのだ。
「ご苦労様。ほら、ナデァが少し早く到着したのよ?」
ヴィ様は微笑みながら私に視線を向ける。夫の視線も自然に私に移る。彼は私に恭しく頭を下げた。
「子爵殿。道中ご無事でしたか?」
彼はからかい気味の口調で私にそう言った。
私はくすっと笑い、こくりとうなずく。
「ええ、団長殿。おかげさまで」
彼はそわそわと私の手元や足元に視線をめぐらす。
「なんですか?」
不審に思って訊ねると、彼は薄い茶色の瞳をうるうるとにじませながら困ったように眉尻を下げた。
「ああ、いや、その……ラルは連れてきたのかい? どこにいるのかと思って」
私は呆れて苦笑する。
「私よりもラルに会いたかったのね」
夫はますます挙動不審になる。
「あ、いやいやいや、そうじゃなくて! もちろん、あなたにも会いたかったに決まってる!」
「ナデァ。あんまり夫をからかうものではないわ。私もラルに会いたいんだけど?」
「あの子は眠っていたので、部屋に置いてきました」
私は唇をすぼめた。
「そ、そうか! 殿下、私はお先に失礼いたします!」
夫は満面の笑みを浮かべ、ヴィ様にぺこりと頭を下げた。私は彼の短いプラチナブロンドの頭のつむじを見てムッとする。ハゲてしまえ、と心の中で呪ってみる。妻よりも生まれたばかりの幼い息子に会いたいのね。
「ええ。私たちも後から行くわ。息子に会うのは初めてよね。どうぞ先に行ってて」
ヴィ様はひらひらと左手を振った。夫は素早くお辞儀をすると身をひるがえしてガゼボを飛び出した。けれど、ぴたっと静止して、大股で飛ぶ勢いで引き返してくると私の額にキスを一つ落とし、走り去っていった。
私はため息をついた。
「彼、ずっと楽しみにしていたのよ。息子と初めて対面するんですもの」
ヴィ様はおかしそうに笑われる。
わが夫、キーランド・フォルツバルクはここオストホフ大公家の騎士団の団長なのだ。
ヴィ様がシュタインベルクの王子妃だったころは彼女の護衛騎士だったけれど、今は大公家の騎士団をまとめている。あの頃はお互いに対して恋愛感情などみじんも持ち合わせていなかった。そう、私たちはただの同僚以外の何ものでもなかった。それなにのどうしたことか、今や彼は私の子供たちの父親であり、私の夫となっている。
彼はヴィ様に騎士の誓いを立てていて、一生独り身を貫くはずだった。でもわたしが当時熱を上げていた兄の側近のブラッツ卿に十二回目の失恋をした時、同情した彼はやけ酒に付き合ってくれた。そして私たちは、翌朝同じベッドで目覚めたのだ。お互いになかったことにしようと納得したものの、その一度で私のおなかにはシアナが宿ってしまったのだ。
運命とは、まことに数奇なもの。
私たちは「同僚婚」をした。
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