エピローグ ~そして元シンデレラは……~
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第128話
朝の日を浴びて、野原いっぱいに咲くはかなげな赤いけしの花たちが揺れている。
私の頭の中に、ヴィヴェカの幼いころのぼんやりした記憶が浮かんでくる。
幼い少女の笑い声。
真っ赤なけしの花をたくさん摘んで、花冠を作った。二つの花冠を、小さな手で一生懸命に編んだ。
二つ?
ああ、誰かが一緒にいるのね。
私よりも大きい子。背の高い、ほっそりとした男の子だわ。
小さな私はその少年の頭に手を伸ばし、少年はくすっと笑って少し身をかがめてくれて、花冠を彼の頭にそっと載せた。
赤いけしの花は、少年の銀色の髪によく映える。
あれは……いつのころだった?
たしか、母親が亡くなって数か月後くらい? 毎日わんわん泣いて、ご飯も食べられなくなってぐったりしていたころ? 憔悴しきった私を心配して、父親が友人の領地へ私を連れて行ったときかしら? 新鮮な空気、見渡す限りの美しい自然、おいしい食べ物。そうういうものに囲まれれば、少しは私が元気になるんじゃないかと、父親は思ったみたい。
丘の上から見渡すと、緩やかな丘陵に沿ってけしの群生地が広がっているのがわかる。丘を下りきった平地には、黄金の麦畑。麦の穂がそよ風に揺らめく中にも、赤い花は所々でその存在感をアピールしている。
私は目を閉じた。
脳裏に浮かぶのは……
丘の上の大きなマロニエの木の下に座り、一人で花冠を編んでいる。
母親を亡くした心の穴は小さな胸にはあまりにも大きすぎて、私はいつも悲しげな顔をしていた。おとなしい子供だったから、泣きわめいたりわがままを言ったりするようなことはなかったけど。
「あっ」
何度目か花を摘んでいるときに、私は足をくじいて転んでしまった。見事に全身ぺったりと地面に張り付いた。起き上がろうと思えばすぐに起き上がることはできたけど、なんだかすぐにそうしたくはなくてしばらくうつぶせでじっとしていた。
頬にちくちく触れる草の先端、青臭い初夏の香り。そよ風に揺れる麦の穂がすれるかすかな音、なわばりを主張する小鳥のさえずり。目を閉じると、自分もそれらの一部のような気がした。
「何してるの?」
ふいに、頭上に影が差した。ゆっくりと目を開けると、私をのぞき込む少年の顔が見えた。
青い瞳、銀色の髪。
七つの私よりは大きい……十歳くらいかしら? 切れ長の瞳がすごく賢そうな、きれいな顔立ちの男の子。
「草になってみたいなって思ったの」
「え? 草? 草になりたいって?」
「うん。草になれば、お母様のことを考えなくてもいいかな? どうぶつはみんなお母様といっしょにいるけど、草はお母様と一緒にいるわけじゃないでしょ?」
とさ、と少年が寝転がる私の隣に座る気配がした。
「新鮮な考えだね」
少年はふ、と笑みを漏らした。
私はむくっと上半身を起こし、座ったまま隣に座る少年を見て首をかしげた。
「だれ? 初めて、会うよね?」
「そうだね。僕はレオ。きみはヴィヴェカでしょ?」
「レオ。どうして私の名前、知ってるの?」
少年はふふ、と笑った。きれいな顔。天使みたいだわ、と私は思った。銀の髪が日差しに透けてキラキラと輝いている。
「お父様のお友達の子供だよね? 僕は今朝ここに着いたんだ。明日にはまた、発たないといけないんだけど」
「そうなの? それじゃ、あんまり一緒に遊べないね」
「遊びたいの? 何して遊ぶ? 出発するまでなら、一緒に遊べるよ」
「うん。それじゃあ、いろいろ! いろんなことして遊ぼう!」
そうして私とレオは、野原でかけっこや追いかけっこ、森でかくれんぼや野イチゴ摘みをして一日中楽しく過ごしたんだわ。
よく思い出せないけど……遊び疲れて眠ってしまった私を、彼はおんぶして運んでくれた気がする。華奢な背中に頬をつけて、その体温を感じながらゆらゆらと揺られるのが、とても心地よかったの。
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