第126話

「すまないな。同じことで昼間謝ったばかりだが、説得前にまたこんなことになっていたとは」


 ソファに向かい合って座り、私とロイス王子は真夜中の静けさの中話し合いをしている。


「殿下、お願いです。このままでは大公が挙兵して王宮に攻め入り、戦になってしまいます。どうか両陛下を説得してくださいませ」


 ロイス王子はこくりとうなずいた。


「ああ、そのつもりだ。今、隣国といざこざを起こすのは避けたいし、あなたにもこれ以上迷惑はかけたくない」


「殿下……」


 彼はやはり変わったのだ。ヴィヴェカと結婚できないのなら一生誰とも結婚しないと駄々をこねた箱入り王子様は、今や他者の状況を慮れるまでに成長したのだ。ああ、元夫が成長したのだ。私ってば、こっちの世界に転生しても前世の才能を発揮できるのね。王子は駄メンじゃないけど。


「私は、あなたに幸せになってほしい」


 彼は穏やかな笑顔をキュートな顔に浮かべていった。私は彼の成長がうれしくて、ちょっと感激のあまり涙が出そうになりながら微笑み返した。


「わたくしも、殿下には幸せになっていただきたいのです」


 

 長年人生を共にしてきたことは……無駄じゃなかったみたいね。私が去ったことで、彼は自分の人生を考えてみたのかもしれない。すべてを手にすることができる富と地位と恵まれた血筋。それに甘んじることなく、他者の気持ちや立場を理解しようとするロイス王子は、もうハッピーラッキーなプリンスチャーミングではないのね。彼なら次代の王として、立派に国を治めることができるかもしれない。


「はは。おかしなものだな。あなたが妃だったころは、こんなにもあなたに感謝や尊敬を抱いたことはなかった。ああ、勘違いはしないでほしい。決して、あなたを軽んじていたわけではない。私が守らねばならないか弱い存在だと、ただただ思い込んでいただけなんだ」


 私はこくこくとうなずいた。


「殿下、ますますご立派です」


 彼はふ、と苦笑した。


「でもあなたはもう戻ってきてはくれないのだろう? それだけが私の人生の汚点だが、あなたが教えてくれなかったら、一生気づくことなく過ごすところだった。私も誰かを幸せに光り輝かせるような男になりたい」




 さあ、行こうと差し出された手を取り、私は王子と一緒に再び国王のもとへ向かった。


 そこで彼は落ち着いた大人の男性としての威厳さえ発揮して、父王を滔々とうとうと説得した。ヴィヴェカはすでに新しい人生を歩み始めていること、廃妃を撤回するような前例を作ることは王家としてはすべきではないこと、自身もすでにヴィヴェカとは別の人生を踏み出し、国ため、民のために何ができるかをしばらくは考えたいということ、気持ちが切り替わったら新たな伴侶を探し始めようと思っていること。


 国王さえ、息子の成長した様子に驚き感動した。王妃は隣で感涙して、しきりとハンカチを目じりにあてていた。


 青い短夜はそうして過ぎていった。



 東の森の木々の際がうっすらと菫色ににじんでくる頃。


 私は王宮の外門の手前でロイス王子に手を借りて馬車を降りた。


「ありがとうございました、殿下」


 私は彼にお辞儀カーテシーをした。


「重ね重ねすまなかった。元気で、幸せに暮らしてほしい」


 すこし疲れた様子のロイス王子は淡い笑みを浮かべた。前世では駄彼氏が私のもとを去るとき、慣れ親しんだ存在がなくなる虚無感は抱いたものの、相手に対して何かを特別に感じたことは皆無だった。私のもとを去るヤツのことなんて、どうでもよかったから。


 でも今は私が去る側になり、箱入り王子が成長した姿を見て私は心の底から彼の幸せを願った。うまく言えないけれど、こんな充実感でいっぱいの別れもあるのかとちょっと驚いてしまう。


 前世では「くず拾い」と呼ばれた私も、この世界に転生してやっと報われたのね。


 王子は視線を外門のほうへ向けた。その視線をたどってみると、うっすらと紺色の闇の中に背の高い三人の人影が見えた。細いシルエットはブラッツ卿、一番大きなのはキーランド卿。そして、真ん中の影はレン。彼らの背後には二頭立ての大きな四輪馬車。そしてさらにその後ろには……一小隊はいるだろう、大勢の影。


「戦になるところだった」


 王子はくすっと笑った。

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