第121話

「お久しぶりでございます」


 国王夫妻の応接室。久しぶりね。前回ここに来たのは、私を廃妃にしてくださいとお願いを申し上げた時だった。


 今回もこの場には三人だけ。


「なんとまぁ。ヴィ……いや、マイツェン伯爵よ、見違えたぞ、そなた……」


 王が私を見て目を丸くした。隣の王妃もうなずいている。


「本当に。生き生きとして……光り輝いている。そなた、毎日を楽しんでいるようだな」


「はい。畑を作って商売をしたり、福祉事業を考えたりしております。剣術を習い、料理を習い、旅行にも参りました」


 私は自然な笑顔を浮かべて言った。


 国王はおほんと咳払いをして少しためらいながら言う。



「うむ。それはよいな。ところでそなたを呼びよせたのは、ひとつ提案をしたかったからだ」


 きた。国王夫妻はちらりと顔を見合わせる。私はにっこりと微笑んだ。


「はい、伺いたく存じます」


「そなたは、アイレンベルク公爵が政変を企み失敗し、斬首された件は聞き及んであろう?」


「はい。実家は情報を売買しておりますので、存じております」


「ああ、そうであったな。アルトマン商会は国内どころか大陸一の情報網を持っておるな。それで、新しい王子妃の懐妊が偽装であったことももちろん、知っているな?」


「残念なことでした。両陛下も王子殿下もさぞ失望なさったことでしょう」


「それなのです。マイツェン伯爵……いえ、ヴィヴェカ。王子妃として、戻って来てはくれないだろうか」


 それまで黙っていた王妃が懇願するように言う。私はこの方たちがとても好き。でも、もう戻りたくは……ない。



「わたくしは一度廃妃になった身です。戻ることはできません」


 両陛下のお顔に失望と悲しみが広がる。私も悲しいけれど、こればかりはご希望に添えない。


「それに……わたくしはもう、これから共に生きていきたいひとを……見つけたのです」


 王の眉間に深い縦ジワが寄る。彼は頭を抱えてうつむいた。


「ヴァイスベルクの、よりにもよって大公が相手とはな。国内の貴族ならば、打つ手はあったのだが。婚姻承認申請所は受け取っているが……考え直してはくれないだろうか? 大公妃よりは王子妃のほうがよいではないか? いずれは王妃となるのだぞ?」


「陛下。わたくしは……大公妃になりたいわけでも、王子妃になりたいわけでもないのです。ただそのひととずっと一緒にいたいだけなのです」


 薄い苦笑を浮かべる私を見て、王妃がため息をおつきになった。


「陛下。すでにヴィヴェカの気持ちは、変わってしまったようです」


 

 そこにノックの音がして、国王の侍従が慌てた様子で入ってくる。


「陛下、恐れ入ります。只今、第一王子殿下がお越しになりました」


「なに? ロイスが?」


「王子は、外出していたのではなかったのか?」


 両陛下は少し驚いておられる。ロイス王子はどこかへお出かけだったはずなのに、突然こちらへ渡ってきたということらしいけど……


「はい。その……非常に、ご立腹のご様子であられます」



「えっ?」


 あのロイス王子が?


 ご立腹?


 あの温厚な王子が? 七年間で一度も、「ご立腹」した様子なんて見たことはなかったけど……



 一体、何に対してどうしてご立腹なの?

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