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第113話
「親父が勝手に決めた婚約者な。ガキの頃ある日突然、お前は婚約したからなって言われて。それきりだった」
「はい?」
「一応、話には聞いたんだよ。どこのどいつが俺の婚約者なのかっていうのは。けどそれはほんのガキの頃の話だし、いろいろとあってそれっきりだったんだ」
「親父って……ラルドおじ……ラルド卿のこと?」
「ああ。あの突拍子もない無謀な継父」
「どうしてそれきりになったのよ?」
「俺が十二の時から戦場を渡り歩いてるうちに、その相手がほかの男と結婚したからだよ」
「なにそれ? 相手は婚約者がいるのにほかの人と結婚したわけ?」
「うーん。正確には……彼女は自分に婚約者がいるって、知らなかったんだろうな」
「はぁ? そんな人のことをあなたはいまだに自分の婚約者だって言ってるの?」
なにそれ? 話にならないんだけど。
レンはいまだにその相手に未練でもあるわけ?
「バカじゃないの? そんなの、婚約者でも何でもないじゃない!」
今度はプラムをひとつ、投げてみた。案の定、すんなりとキャッチされた。腹立つ。
「バカはどっちだよ? まだわかんないのかよ?」
「何が?」
「あんただよ」
「だから何が?」
「俺の婚約者」
「—————は?!」
私は聞いたことが理解できず首をかしげる。
「俺の婚約者は、ヴィヴェカ・アルトマン男爵令嬢だったんだ」
レンの話によると、こんな感じ。
ラルド・フォルツバルクとクラウス・アルトマンは、志を同じくする無二の親友同士だった。一匹オオカミの傭兵だったラルドが無関心だった爵位を継いだのは、ある貴族の女性に惚れてしまったからだった。それが、レンの母親。そして彼には五歳の息子がいきなりできた。いっぽうクラウスはやはり貴族の女性と大恋愛の末駆け落ちをして一人娘が生まれたばかりで幸せに暮らしていた。
お互いに子持ちとなってみて、ラルドは考えた。
「俺の息子とお前の娘を結婚させようぜ」
そして俺たちは親戚になるんだ~、とかなんとか。かくして、クラウスの二歳の娘とラルドの六歳の息子は父親たちの口約束だけで婚約した。六年後にはラルドはレンと共にヴァイスベルク国の王位継承争いの内戦に参戦し、長年にわたって戦いに明け暮れた。
その間にアルトマン家ではクラウスがビジネスで海外に出かけている間に事故死を遂げ……あとは私の不幸な少女時代につながる。「ほかの男と結婚した」って、「ほかの男」って、ロイス第一王子のこと?
それにしても……
「どうしてそんな大事なことを誰も教えてくれなかったのよ?」
「知ってたのは親たちだけだった。ナデァはまぁ、ちょっと耳にしたくらいで詳しくは知らないだろう。傭兵業を継ぐってことは、いつ死んでもおかしくないってことだからな。あんたが十四、五ぐらいになっても俺が生きていれば話そうと思ってたんじゃないか? でもあんたの親父さんは事故で亡くなった」
「はぁぁ?」
「親父さんが亡くなったことは、うちのおやじもしばらく知らなかったんだよ。あんたが継母たちにひどい目に遭わされていたのも、ずいぶん後で知ったんだ」
ああ。
運命って、一体なに?
もしもヴィヴェカの父親がなくならなかったら? もしもレンが、もっと早く戻ってきたら? あるいは、戦争に行かなかったら?
ヴィヴェカは死ぬことはなかったかもしれない。そうすると、私がこの世界に来ることも、ヴィヴェカになることもなかったかもしれない。
レンと結婚していればずっと幸せだったのか、それはわからないけど……
私は唇をかみしめる。
ぼろぼろとこぼれてくる涙は、なんの感情からだろう?
怒り? 悲しみ? 安堵? わからない。
これは、「私」ではなく、ヴィヴェカの涙なのだ。
「おい」
レンははっと驚いて紺青の目を見開いた。
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