大いなる真実
1
第112話
「妊娠は偽装だな」
「……そう」
不思議と、驚きもショックもない。怒りも……わいてこない。
むしろ、ほっと安堵した。これでロイス王子は、新たな幸せを見つけることができるから。
「側妃は南部の領地での王子暗殺の主犯だ。公爵は刺客を送り込んだ暗殺未遂と武器密輸、それによる政変謀略の罪」
「あの侯爵は、おとなしく捕まったの?」
「いや。服毒自殺を図ったが、取り押さえられた。息子も妹のリシェル妃も捕まったと聞いて、おとなしくなった。今はみんな王宮の牢獄に収監されている」
「あなたも、暗躍したのね」
「それなりにな。おかげでむこうの国王からは
「そう……おめでとう」
両国からご褒美なんてす濃いわね。シュタインベルクには妙齢の王女も高位貴族令嬢もいなくてよかったわ。
「でも、断るつもりだ。
「ああ、宰相の令嬢?」
愉快な話題ではないわね。経験はないけど、大きな毛玉を飲み込んでそれが胸のあたりでつっかえているみたいな感じ。それなのに、レンはにやりと笑む。
「やっぱり聞いてたか」
なんだか腹が立って、私はマスカットを一粒レンに向かってテーブル越しに投げつけた。でも彼はやすやすとそれをつかみ取って食べてしまう。
「誰も詳しくは教えてくれなかったけどね!」
「詳しくも何も」
レンは悪びれない様子で肩をすくめた。
「七年戦争の時も同じようなことを断ったのに、また言いだしたんだ。この国の王はちょっと忘れっぽいよな」
「どうして断れるのよ。王命でしょ?」
「王命じゃない。提案だ。だから断った。これもナデァに聞いてるか? 俺には、婚約者がいるんだ」
ぷつん。
私の忍耐が限界値を越えた。
マスカットを四、五粒鷲づかみして、私はそれらを思いっきり向かい側の席のレンの顔面めかけて投げつけた。それが名高い傭兵にとっては、どんなにしょぼい攻撃だったかはよくわかっている。でも、怒りをぶつけずにはいられなかった。
二粒は全く関係ない方向へ飛んで行った。残りの二、三粒は、レンがとっさに手に取った開いているお皿に当たってテーブルの上に落ちた。
「……婚約者がいるからって、断ったの?」
私の声は……我慢してるけど、抑えきれない怒りで少し震えている。それなのにレンは平然と、しかも、口の端に笑みを浮かべている。
「ああ。そしたら王も思い出したみたいでな。ああそうだったなって、それで終わった話だ」
「……」
「終わった、っていうか、それで新たに提案したんだ。だったらその提案は、隣国の王室を通してベーレンドルク辺境伯にしたらどうかって」
「はい?」
「だから。俺じゃなくて、辺境伯に結婚の話は申し出ろって言ったんだよ」
「……」
「昨日あたりにむこうの国王から聞かされただろうな。これであいつも、もうあんたにちょっかいは出さないだろう」
私は再び、銀皿に盛られたマスカットに乱暴に手を伸ばし、ぶちぶちっと房からちぎってレンに投げつけた。
「それはよかったですねっ!」
おそるべし、傭兵の反射神経。危険を察知する能力は本当に高いのね。またお皿で見事によけられた。
てんっ、てんてん……とマスカットが床を弾み転がってゆく。
レンは掲げたお皿の陰でふう、とため息をついた。まだ睨みつけている私に片眉を上げる。
「婚約者、な。いるんだよ、正確には、いたんだ」
「はい? どういうことっ?」
私はグーでテーブルを叩いた。
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