第111話

—―はっきり言って、シュタインベルクの王宮よりも大きいかもしれない、ヴァイスベルクのオストホフ大公邸。


 馬を止め、レンは先に降りて私が降りるのを手伝ってくれる。


 私たちの正面に歩み寄ってきたひとは、藤色のアビを着ている。ダークヘアで背が高く、細身の若い男性。彼は……顔全体を覆う、黒い仮面ビザードをつけている。


「ヴィヴェカ。こちらがオストホフ大公だ」


 レンは私にささやいた。


「殿下、こちらが我が商会のオーナー、マイツェン伯のアルトマン嬢です」


 レンに紹介されると、私と大公は正式な挨拶を交わした。



 応接室ももちろん、とても豪華ね。白を基調としたロココ調に似た感じで、壁紙は薄いパステルイエローのダマスク織り。


 お茶の用意を終えたメイドたちが出て行き、その場には私とレンと大公だけがソファに残る。


「帰ったばかりなのにまた急にどうして戻って来た?」


 仮面の大公は、まるで友達に言うようなくだけた口調でレンに行った。


「王に謁見する。一緒に来てくれ」


 私はレンの大公に対する口調にも驚いた。この二人、かなり親しそうね。


「今すぐに?」


 大公は少し驚いたみたい。仮面で表情が見えないけど。


「ああ、いますぐ。王城に使いを送ってくれ。それから馬車の用意も頼む」


「やれやれ……」


 大公は席を立つと部屋を出て行った。



「王に謁見って……ヴァイスベルクの王に、ってこと?」


 扉が閉まるなり、私はレンに尋ねた。


「そうだ」


「どうしていきなり、そうなるの?」


「いろんなことの説明をするって言ったろう? そのためには必要だから」


 まったく、何のことなのかわからない。その王からは宰相の娘と結婚しろと言われているのに、そこに私を連れていく必要がある? そう言えば、その話はどうなったのよ?


「もう夜なのに。そんな急に謁見できるわけないでしょ?」


「できる。大公が申し出れば夜中だろうが朝方だろうが王は謁見する」


「……」


 その大公はどうして仮面をつけてるの? とか……なんかもう、疑問が次から次へと湧いてきて、一体どこから何から訊いていいのかわからなくなってきた。


「王城に行く前にまずは食事でもしながら、アイレンベルク侯爵のクーデターについて話そうか」




 うーん。


 レンは大公とはかなり親しいみたいね。くだけた口調で会話しているし、大公に謁見の準備をさせておいて、勝手に使用人に食事の用意をさせるんだから。


「結論から言うと、公爵のクーデターは失敗に終わった。一週間ほど前にな」


 あ。


 王都を発ってから、すっかり忘れていた。


「私が王都を発つ日に、エラードから聞いたわ。辺境伯が公爵の令息を連れて翌日にも入城する予定だって」


「ああ。死神が入城すると同時に、シュタインベルク国王の軍がアイレンベルク公爵邸を包囲した。側妃も拘束された」


「ルキ……第二王子は?」


「第一王子が保護してる。だが第一王子の新しい妃は王宮からひそかに逃亡した」


「トリーシャが?」


「側妃の宮殿にいたところ近衛兵たちが押し入って、側妃を捕らえている最中に」


「そんな。妊婦なのに、大丈夫なの?」


「三階のバルコニーから布をたらして逃げたらしいな。野生動物のように身軽に、な」


「そんなこと、大きなおなかの妊婦にできる?」


「それが。目撃者の話はどれも共通していたらしいんだ」


 私は眉をひそめる。


「何を?」


「いつもは腹のあたりが大きく膨らんでいたのに、逃げるときの彼女は腹はまっ平だったって」


「つまり……」


 私は息をのんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る