第109話

つまり、私は自分の人生と魂をリサイクルしたってことね。


 転生の仕組みはよくわからないけど、たまたま命を捨てたヴィヴェカと意志に関係なく命を落とした私のタイミングがぴったり合って、私はこの世界にリサイクルされたのかもね。



 その夜、私はナデァと一緒のベッドで眠った。眠った、と言ってもほとんど夜通しおしゃべりしていたんだけど。もしもレンが命令通りにヴァイスベルク国の宰相の娘と結婚することになったら、祝福してあげるの。それで商団は彼に任せて、私は自由気ままにいろいろな国々を旅してまわることにする。間違っても、失恋で死のうとしたりしない。悲しんで泣き暮らしたりもしない。


 ナデァもキーランド卿も一緒に、三人で気のすむまでいろいろな国を旅するの。


 珍しいものを見て、おいしいものを食べて、楽しいことを体験する。そして三人で年を取って、よぼよぼになったら身分も義務もなく友情で協力して助け合って、マイツェン邸で年金暮らしをすればいいわ。


 ハーブで稼いだお金で学校や職業訓練所を作って、バリバリ経営して事業を拡大するのもいいし、ついでに老人介護施設も作って、自分たちの老後に備えるのよ。


 夜が明けるころにはふたりでくすくすと笑って、なんだかどんな未来でもアリな気がしてきていた。




 翌日、離宮を後にしてオストホフへ向かった。


 心はどんよりと沈んでいたけど、案外穏やかだった。


 街道を抜けて海が見えてくると、あきらめに似た薄くて広い悲しさが胸の中に広がってきた。


 


「おかえりなさいませ。会長から文を預かって参りました」


 着くなり、レンの補佐官のウェンダルが銀の四角いトレイに載せた封書を恭しく差し出してきた。彼は手紙を届けに来て私の帰りを待っていたみたいね。


 あと数日は戻れないと書かれていた。


 私はのんびりと温泉に使ったり、砂浜を散歩したりナデァとお茶しておしゃべりしたりして、心穏やかに数日を過ごした。



 そしていよいよ、五日目の宵の明星が空に輝きだす頃、レンが帰ってきた。 


 玄関ホールが騒がしくなる。


 階段を下りてゆくと、部下たちを従えてホールに入ってきたレンが見えた。


 大丈夫だと確信を持っていたのに。何度も何度も、想像したのに。階段を降りてくる私に気づいたレンの紺青の瞳がこちらに向けられると、どうふるまうべきか、何言うべきかすっかり忘れてしまった。


 レンはあっという間に階段を駆け上がり、私の両腕を捕らえた。


「ヴィヴェカ」


 何も言えずに絶句している私の頭上で、レンは階段の下を振り返る。


「誰も来るなよ」


 そして彼は私を引っ張り上げて、自分の部屋へ向かった。



 私をソファに座らせて、レンは私の前に片膝をついて私を見上げる。


「湖に行ったんだろう? 何か思い出したのか?」


 私はぼんやりとレンの群青の瞳を見つめたまま淡々と言った。


「あなたが私を湖から引き上げたんでしょう?」


 レンの瞳にはほんの一瞬、かすかな憂惧ゆうぐが浮かんで消えた。彼は浅いため息をつくと観念したようにまっすぐに私を見上げた。


「ああ」


「知らないふりなんて最初からしなくても……」


 膝に置いた私の両手を、大きな手が包む。彼は口の端に微かな苦笑を浮かべた。


「王子妃をやめるなんて思わなかったから。正直、あんたが会いに来た時は深く関わるつもりはなかったし」


「でもあなたは、思い出させたいみたいだった」


 私の温度のない言葉に彼はゆっくりと答えた。


「それを説明するためには、いろんなことをまずは他に説明しなくちゃならない」



 どういうこと?


 意味深なまなざし。


 その紺青の瞳の真意がわからずに、私は眉根を寄せた。

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