第100話

「あなたが現れたとき、正直、ボスは前のボスから厄介なことを引き受けてしまったなと感じました。実際にお会いしてみると、あなたは苦労知らずのお嬢さんにしか見えませんでしたし」


 私はふ、と笑んだ。そのまっすぐな言葉は、失礼というよりもすごく率直で真摯だと感じた。



「そうね。最初はレンもあなたもブラッツ卿も、そう思ってるんだろうなとは思っていたわ。あなたたちって、そういうの隠さないで態度に表すし」


「お気づきでしたか。本当に失礼しました。長年、傭兵たちや商人たちに囲まれて男社会にいたので、配慮を欠いていました」


「あなたは私が苦手かもしれないけど、嫌ってはいないでしょう? それならいいわ」


「はい。レディは知れば知るほど、最初の印象とは全く違うかたです。お礼に身分は関係ないと笑い飛ばしてみたり、宿屋や娼館に行ってみたいとおっしゃったり」


 彼女は、本当にすごくまじめな人みたいね。だからこそ、レンの片腕にまで上り詰めたんでしょう。


「だからこそ、ボスはあなたを大切にするのでしょう」



 ああ。私たちって、なんか考えることが似てない?


 あなたも、きっと、まっすぐな性格なのね。


「あの……もう何を言っても下手な言い訳にしか聞こえないかもしれませんが、ボスもブラッツも私には弟のような感じで。長いこと一緒にいるせいで、もう何が何だかうまく言い表せないのです」


 彼女は左手でわしゃわしゃと自分の髪を乱した。私は彼女の手首をつかんだ。


「わかった、わかったから。言い訳はいらないし、しなくていいから。その代わりに……」


 誰も周囲にいないのに、私は頭を低くしてこっそり彼女に言った。


「ちょっと内緒で、宿屋と娼館に見学に連れて行って」



 アダリーは口をぽかんと開けて私を見つめた。たぶん、彼女は呆れたのだろう。


「……レディ」


 そして彼女は空を仰いで笑いだした。




「それでも内緒では絶対にダメです。許可をもらったらお連れします」


 アダリーはかたくなだった。私はそのまま、彼女にだまされてあげることにした。



「なんだかちょっと妬けちゃいますね……」


 アダリーが帰った後、ナデァが唇を尖らせた。


 ヒトの気も知らないで、この子はのんきね。


 私だって、彼女とそう変わらない立場だと思うけど。


 私は彼とは思いが通じ合ってるというだけで、いつどうなるかなんて、やっぱりわからないもの。


 だって、レンには婚約者がいるんでしょう? 彼は商人や傭兵である前に(そう思えないけど)子爵でしょ。政略結婚も十分にあり得るし、結婚する時が来たら私は捨てられるかもしれないじゃない。


 言いかけたのに全部教えてくれなかったことはちょっと恨めしいのよ、ナデァ。本人レンに訊く勇気もない。私が何かを思い出せないらしいし、まずはそっちを解決するべきよね。


「ところでナデァ、謁見が終わったらさっさとここを去ろうと思うの」


「そうですか。ヴィ様がそうなさりたいのなら、私は特に何もないです。あの港町がお気に召したみたいですね」


「リゾート地に住めるなんて、贅沢よね。それで、あちらに戻る前に寄りたいところが一か所あるの」


「どこですか?」


青い森ブラウシュヴァルツの離宮……」


「えっ?」



 さぁぁ……と擬音が聞こえてきそうなほど、ナデァの表情が急激に曇る。

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