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第99話
「レディ。アダリー卿が来られました」
中庭の木陰でナデァとお茶を飲んでいると、キーランド卿がやって来てそう告げた。
私の心臓は一回、大きく跳ね上がった。
合理的な彼女が何か用事があるとき以外に来るなんて、絶対に昨日の酒場でのことに違いない。
「何でしょうね? 何かお願いしていた用事がありました?」
ナデァも首をかしげる。ピクニックに行ってからなんとなく打ち解けたように思えていたけど、彼女はおしゃべりにわざわざ出向いてくるようなタイプじゃないから。
「なんだろうね。ナデァ、彼女と二人だけにしてくれる?」
「わかりました。では彼女のお茶の準備をしてきますね。キーランド卿、お通ししてください」
ナデァが家の中に去ると、すれ違いにアダリーがやってくる。赤みがかった茶色の髪をひとつにまとめ、引き締まったグラマラスな肢体にシンプルなシャツとトラウザーズをまとっている。
彼女は普段の凛とした様子からは想像もできないくらい憔悴している。
「レディ」
アダリーは私に騎士の礼をした。毎回、彼女は騎士として私に接する。
「アダリー。いらっしゃい」
私も丁寧に礼を返した。
「レディ。誤解を解きに参りました」
彼女は単刀直入にそう言った。ああ。彼女も相当悩んだんだろうな。私に会いに来たのも、すごく勇気が要っただろうに。
「では……今日こそ、お茶につき合ってくれるの?」
「はい……」
彼女は私が指し示した椅子に座った。ちょうどナデァが新しいお茶のセットを持ってきて戻って行った。
気まずい空気が流れ、どちらとも話を切り出しあぐねて数分が過ぎる。前世での私は友人や知人と同じ誰かを好きになる経験がなかったから、こういうことは初めてだけど。
「アダリー」
私は先に沈黙を破った。
「はい」
彼女は緊張しているみたいに見える。私はお茶の香気を深く吸い込んでゆっくりと息を吐いた。
「私には、自分以外の人の気持ちを自分の都合で変えることはできないわ」
「はい?」
「あなたがどんな気持ちであれ、私にはどうこうできないってこと」
「……」
「あなたの言う誤解が昨日のことなら……私に言い訳する必要は全くないからね?」
アダリーがはっと顔を上げて、私の瞳を見た。彼女のヘーゼルの瞳は驚きに満ちている。そして彼女は、寂しげな微笑を目もとに浮かべた。
「私がなぜ、商会で働くようになったのかはご存じですか?」
彼女の言葉に私は首をかしげた。
「ええ。七年戦争で亡くなった旦那様が、銀狼団の傭兵だったって聞いたわ」
彼女は少しうつむいてこくりとうなずいた。
「そうです。夫の葬儀の夜、後を追うつもりでした。でもボスに邪魔されました。自分で命を絶つなんて、あんたの旦那にもほかの死んでいった奴らにも失礼だろうって」
「ああ、そんなこと言いそう」
私たちはくすっと笑った。
「夫は私より八つ年上で……私のすべてでした。彼を失った時は結婚して五年目で……私はたったの二十一歳だったんです」
「そう……」
「それが、私より二つくらい下の男の子にそう叱られて。それからは無我夢中で生きてきました」
いつもの自信に満ち溢れて凛とした彼女からは想像もできないほど弱々しい様子に、胸が痛くなる。
「私はボスを……尊敬しています。亡くなった夫以外を好きになることはない、だからこの気持ちは尊敬なのだとずっと言い聞かせてきて……それがいけなかったようです」
「いけなくはないと思うけど……」
「いいえ。大きな思い違いをしてしまっていたんです。そのことに一晩考えて、気づきました」
彼女は深く息を吸い込み、そしてゆっくりと本音を吐き出した。
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