彼女の気持ちと再会と別離

第96話

第一王子との謁見のために、私たちはシュタインベルクの王都に戻ってきた。


 戻って早々に出迎えてくれたヨーンに、シルケ母娘を紹介する。



 そして到着日を知らせておいたので、マイツェン邸からカスパル卿がこっそりと尋ねてきた。


「とにかく私どもも、訳が分からないのです」


 カスパル卿はきれいに整えられた白髪頭をかしげて困惑した様子で言った。


「ご旅行に出られたはずの卿が、お邸から連れ去られたことになっておりまして。しかしその当日は、何も起こらなかったのでございます。私共も、何が何やら訳が分かりません」


 それはきっと、エラードが公爵の手先に幻影魔法かなんかを使ったのでしょうね。気にしなくていいと伝え、引き続き留守宅をお願いした。



 レンは商会の仕事や傭兵団の仕事で忙しいらしく、二階の商会事務所と地下の傭兵団事務所を行ったり来たりして、部下たちの報告を受けているみたい。ブラッツ卿も同じく忙しそう。私も畑のハーブについての経過報告があるから、報告待ちの列に並ばないとね。


「むしろ報告があるからこっちに来いって呼び出せばいいんじゃないですか?」


 ナデァはそう言うけど、オーナーとしての報告じゃないからね。いちベンチャー企業の起業家としての報告だから。実績もないし。


「私は事務所に行ってくるから、ナデァはシルケ夫人たちのことお願いね」


 ということで、私はキーランド卿と商会の事務所へ向かった。



 「あら?」



 一階の酒場に『本日臨時休業』の看板が。


 入り口のドアを開けて中へ入ると、人々が店の奥の席に向かって並んでいる。ざっと二十人はいるかしら⁈


 女将さんが言うには、現在報告待ち最後尾は二時間待ち。みんな、エールを飲みながら列に並んでいるらしく、私たちも入り口近くの席について一杯やりながら待つことにしたの。


 オストホフでも商会の仕事はしていたみたいだけど、半月ほど留守にするとこんなに仕事がたまるのか。周りを観察してみると全員が商会や傭兵団の関係者で、手には帳簿や報告の巻物を持っている(お酒エールのゴブレットも、ね)。


 人々の合間を縫って、一人の目立つ男がこちらへ歩いてくる。あれぞ見慣れた氷の美貌、ブラッツ卿だ。


「どうして最後尾に並んでるんです? 直接来てくださっていいのに」


 彼が言うと普通の言葉もイヤミに聴こえるわ。


「そんなズルはできないわ。みんな待ってるんでしょう?」


 私が肩をすくめると……ブラッツ卿はくすっと笑った。うわっ。笑ったわ!


 ——ナデァ。また貴重なモノを見逃したわね。



「ボスは奥です。あなたは並ぶ必要はないので行ってください」


 ブラッツ卿の言葉に私は首を振る。


「みんなと同じ、並んで待つわ」


 ブラッツ卿は肩をすくめる。


「変なところまじめで頑固ですね」


「私は何でもまじめで頑固よ」


 ブラッツ卿はまた笑う。



 人ごみの奥に視線を向けると、壁際の席にレンのダークシルバーの髪がちらっと見える。どんな人ごみでも際立って見える。テーブルの前に座る人から報告を受け、うなずく頭が縦に揺れている。初めてここで会った時には、まさか彼と親密な仲になるとは思ってもみなかった。レンだって私をばかにしてたしね。


 レンから視線を外して目の前のブラッツ卿に再び視線を戻そうとした時。


 つい、目の端に入ってしまったの。


 カウンターのそばで、酒場のウエイトレスと一緒にいるアダリーが。



 どくり。


 私の心臓が、口から飛び出しそうになる。



 彼女のまなざし。たどった先には……レンがいる。


 あれは上司を見る目じゃない。


 あれは……好きな相手を見る目よ。



 気のせいじゃなかった。私にちょっと冷たかったのは。


 やっぱり彼女はレンのことが……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る