第93話

「あ、はは。実はまだ諦めてはないです。はっきりと断られたわけじゃないですしね」


「あれはなんか、訳アリっぽいと思うな。ナデァのためを思って、あえてはっきりさせなかったみたいだけど、それでも行っておくの?」


 私たちは気の置けない主従なので、時に言いづらいことをお互いに言うときもある。


「そうですね。当たって砕けたほうがましですし」


 さすがナデァ。痛い目見ないと納得しないところが彼女らしい。ヴィヴェカが十五歳、ナデァが十四歳の頃から二人はずっと一緒にいる。もしかしたら、レンより私のほうが彼女のきょうだいっぽいかもね。


「そう言えばヴィ様、メイドの子からちょっと聞いたんですけど。キーランド卿も大概です」


「え? キーランド卿が何か?」


 彼は今、傭兵たちとの剣術の鍛錬に行っている。


 ナデァは他に誰もいないのに声を潜めた。



「立て続けに、二人ほど袖にしたんです」


「ええ? あのキーランド卿が?」


 私は耳を疑った。


 ヴィヴェカが王宮に上がった時に、ロイス王子によって護衛騎士に任ぜられ騎士の地顔を立てたキーランド卿。彼もまた、苦楽を共にしてきたと言ってもよい。無口で控えめで、騎士道を重んじている優しいひとなのに。


「ええ。まず一人目は、花屋の娘です。彼が傭兵たちとよく行く酒場の近所の。あちらがキーランド卿に一目ぼれしたようです」


「そう……」


 ありえなくはないわね。キーランド卿は十歳で実家を出て王宮に上がり、十二歳で従騎士、十五歳で私の騎士になった。王子妃の護衛騎士だったから立ち居振る舞いも優雅で、王宮の侍女たちや貴族の令嬢たちにも人気があったしね。


「結構きれいな子らしいですが、彼女が勇気を出しておつきあいを申し込んだら、それはできませんと断ったそうです」


「そ、そりゃあ、ここには私たち、一応旅行で来てるしね。彼は責任感が強いから」


「ええ、それ以前にキーランド卿なら相手が誰でも断るでしょうし」


 そう。彼はまじめだから。私に騎士の誓いを立てたから、自分は結婚するつもりはないと言う。だからって、恋愛くらいはしたらいいのに。でも別の何かに気を取られて私を守れないと困るから、恋人は作らないらしい。



「それで、もう一人は……私が仲よくしているメイドなんです」


「あら……」


 それは、ナデァも気まずいでしょうね。


「お祭りの夜出かけたとき、私たち、チンピラに絡まれたんです。私とほかの子たちをかばった彼女が腕をつかまれたとき、たまたま通りかかったキーランド卿と傭兵たちが助けてくれて……」


「ははぁ。キーランド卿にしてみれば、同僚のナデァが危ない目に遭っているのを助けただけだけど、その子には悪者から救ってくれたかっこいい騎士に見えちゃったわけね?」


「ええ、そのようです。それからは演舞場まで追っかけをして、差し入れをしたり、話しかけに行ったりしていたんですが」


 私はふう、とため息をつく。


「わかるわ。彼はまったくの無関心だったのね?」


「その通りです。彼女にも、他の人たちと同じように親切に接するだけで……」


「騎士道を実践しているだけね」


「そうです。優しいけど、気があるのかないのかわからない。だから彼女はキーランド卿をデートに誘ったんですが……」


「あまりよく知らない未婚の女性と二人きりで会うわけにはいきませんとか言ったんでしょ?」


「それどころか、『(同僚の)ナデァ嬢を守っただけですから』とまで言ったんです」


 あちゃぁ。


 そのメイドの子が気の毒ね。


「王宮にいたときとあまり変わらないわね……」


「まあ、そのようですね」


 私たちは苦笑した。

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