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第83話
「——レディ。ああ、ええと、ごきげんよう」
西の死神辺境伯ことルドヴィク・フォン・エクスラー=ベーレンドルク辺境伯は、ソファから立ち上がった私に恭しく騎士の礼をした。一瞬私を見てうろたえたのは、私が白シャツに黒のブリーチズという、地味な市民の少年のような格好をしていたから。
一応、念のために男装しているの。
ここはオストホフ領から再び国境を越えて、シュタインベルクの第一王子の領地……にある、レン所有の宿屋の一室。ドアの傍らにはほかの傭兵たちと同じ、チュニックにトラウザーズ、皮のショルダーアーマ―をつけて長剣を携えたキーランド卿が控えている。
「お久しぶりです、卿」
ドレスは着てないけど。ソファから立ち上がりカーテシーをしたその途端、私はソファの隣に座るレンにぐいっと手首を引っ張られ、勢い余ってレンの膝にしりもちをつく。
「お前はあっちに座れ」
レンは辺境伯に向かい側のソファを顎で示した。
「レディ・ヴィ。その無礼な傭兵子爵、切り捨てましょうか?」
辺境伯はブラッツ卿とはまた違った冷たい美貌にうっすらと笑みを浮かべた。レンは鼻で笑う。私はぶんぶんと首を横に振った。
「ダ、ダメです。それは、ダメ」
レンの膝の上から下りようとすると、がっしりとウエストを捕まえられて動けない。全く何も知らない人が見たら……
悪ガキに捕まえられたネコみたいにじたばたと脱出を試みたけど、びくともしない。私はもがき疲れて力尽きてぐったりした。
「おい死神。挨拶でも触るなよ。見るのもダメだぞ?」
レンは不遜な笑みと共に辺境伯に言った。無茶苦茶言うわね。
「……腹立たしいが、まずは作戦を言え」
辺境伯は深く息をついて怒りを押し込めた。レンの腕の力が緩められたので、私は彼からぐいっと両腕を張って体をソファに下ろす。やれやれ。
ローテーブルの上には二枚の地図が広げられる。一枚は王子の所有する領地の地図。もう一枚は、舞踏会が開かれる「新緑の館」と呼ばれる王子の邸の見取り図。王太子妃だった頃に私も二度ほど滞在したことがある、南部建築の美しいお邸。
レンの作戦によると、彼らは秘密裏に暗殺者たちを始末するとのこと。領地の門、邸のある村への出入り口、邸の周辺にはすでに傭兵を配置しているらしい。
「いいか? 今日は傭兵団として動く。だからお前も臨時の一員だ。勝手に殺しまくるなよ?」
レンは辺境伯に言った。辺境伯のほうがひとつ上くらいだけどレンの物言いに慣れているのか、別に彼は腹を立ててはいないみたい。彼は涼しい表情でふんと鼻で冷笑する。
「つまりお前が指揮を執るのか。ムカつくな」
「うちの奴らは俺の言うことしかきかねぇんだよ」
レンも鼻で笑い返す。はぁ。たぶんこの仲の悪さは昨日今日のことではないのね。
「変更点は、ブラッツが
なるほど。姿が認識されない魔術で動く私のお目付け役ね。ブラッツ卿は面白くないだろうな。
「あんたの役目は武力以外の脅威を察知することまで、だ。いいか? その先のことまでしようとするなよ?」
レンは私の額を指ではじいた。
「っ! 何するのよ、もう!」
私は額をさすりながら文句を言う。正面からの辺境伯の、何とも言えない複雑な視線を感じる。これは……もしや私のイメージが、崩壊したかしら?
とにかく、舞踏会は今夜。
当事者たちには何も気づかれずに、暗殺計画を失敗に終わらせるのよ。
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