第82話

「大公邸で出くわすなり、剣を抜かれたんです。ボスも面白がってすぐに剣を抜かなかったから、怪我する羽目になって。私までとばっちりです」


 余程頭にきているのか、ブラッツ卿はいつにもまして饒舌に語る。


「まったく、辺境伯も大人げない。お二人のせいで大公邸が破壊されるかと思いました」


「た、大公邸で、騒ぎを起こしたの?」


「俺が悪いみたいに言うなよ。大体、あいつがいつも見境なく抜刀するのが悪いんだよ」


「さすが同じ血筋です。そういうところはそっくりで」



 は?


 え? 


 ブラッツ卿、今、なんて?


「同じ血筋って……誰と誰が? どういうことなの?」


 私は驚きのあまりソファから立ち上がった。そんな私を一瞥して、ブラッツ卿ははああ、とため息をつく。


「ボス。まだレディに話していなかったんですか。そういう重要なことは何よりも先に話しておかないと、この先も信頼を失いますよ」


「そんなことは別に重要じゃな……っと」


 私はソファのクッションをレンの顔面めがけて思いっきり投げつけた。でも簡単にひょいとよけられてしまう。


「レン。辺境伯とは、どういう関係?」


 私は仁王立ちになりレンを見下ろした。ブラッツ卿はそっぽを向いている。レンはふう、と肩で息をつき、ソファに背もたれて私を見上げた。


「簡単に言えば母方の従兄だ」


「い……従兄なの? じゃあ、あなたとナデァの母君は、辺境伯家のご令嬢だったってこと?」


「ああ、本人がそう言ってたな。前辺境伯の妹だって」


「ナデァは……知ってるの?」


「さぁ?」


 私に求婚に来てから、ナデァは辺境伯を毛嫌いしている。もし彼が従兄だって知ったら……?



「俺が共有したかった情報は、そこじゃないんだよ。三日後にシュタインベルクの第一王子が領地に下ってきて、その夜に周辺の領主を招いて舞踏会が開かれる。暗殺はそこで実行されるってことだ」


「阻止しに行くんでしょう?」


「ああ」


「私も連れて行って」


 私のお願いを聞いて、レンは皮肉な笑みを浮かべてブラッツ卿を見上げて肩をすくめた。


「ほらな、絶対に自分も行くって言うって言ったろう?」


「お荷物になるので、ここにいてくれませんか?」


 ブラッツ卿は氷の美貌をさらに凍らせて私に向ける。そんな言い草ってある? 私は大きく深呼吸してから二人に言った。



「今まで、誰にも気づかれたことはないんだけど。この六年間、第一王子の暗殺をひとつ残らず阻止してきたのは……私だったの」


「——は⁈」


「何を……」


 レンもブラッツ卿も驚愕に目を見開いた。でもね、本当のことなのよ。ヴィヴェカの記憶によると、ロイスは何度も危ない目に遭ったけど、すべてヴィヴェカが機転を利かせて暗殺を阻止してきたの。


「私なら……武力では防ぎきれないところで、公爵がどんな手を使ってくるか見抜けるわ。会場の様子や規模、ロケーション、招待客や出される料理。使用人たちの行動やしぐさ。第一王子が暗殺されないほうが、都合がいいんでしょう? だったら保険として、私を連れていくべきよ」


「し、しかしレディ、第一王子にあなたがお会いするのは……」


 まだ私の話が半信半疑なのか、ブラッツ卿は珍しく困惑した表情のまま懸念する。レンはテーブルの縁を凝視して何か考え込んでいる。


「会う必要はないわ。私はその場に存在しない人として会場に潜り込むから。そのためには、あなたの協力が必要だけどね、ブラッツ卿」


「ええ?」


 ブラッツ卿は困惑顔のまま眉根を寄せた。


 考え込んでいたレンがふっと笑って私を見る。


「なるほど。そういうことか」


 私はレンを見つめ返してこくりとうなずいた。

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