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第81話
負傷って……一体、何が起きたの? どちらも簡単にやられるような人じゃないでしょ?
「!」
玄関ホールは十人くらいの傭兵たちが色めき立っていた。でも緊迫した感じは無い。こういう様子を前世でも見たことがある。例えば……そう、ライブの帰りの人々、みたいな。みんな興奮気味に、少年のように目をキラキラと輝かせている。
ホールの隅っこ、壁際の大きな皮張りのソファにどっかりと身を沈め、レンはまるで王様のように座っている。彼の右の上腕に、補佐官のウェンダルが細長く裂いたリネンを巻き付けている。レンのそばにはブラッツ卿が立っているが、彼の白すぎる美貌の左頬には、浅い切り傷が赤く一筋見える。
「一体、何事?」
たぶん私は、仲間が目の前で吊るし切りにされるウサギかタヌキのような表情をしていたのかもしれない。私を見るなりレンはぷっと吹き出した。ブラッツ卿ははっと息をのみ、私から目をそらす。私がぶるぶると震えておぼつかない足どりで来たものだから、私の背後ではキーランド卿がおろおろとうろたえている。
でもホールのあちこちに立っていた傭兵たちは、私を見て「おお」と感嘆の声をあげて……見様によっては喜んでいるように見える。
「ああ、レディ、いらっしゃいましたか!」
ウェンダルが眉尻を下げて困ったような愛想笑いを向けてくる。私はレンの目の前まで歩いて行った。
「どうして、ケガなんて……」
「大したことない。ウェンダルとブラッツが大げさなんだよ。布なんて巻かなくていいのに」
面倒そうに言うレンに、ブラッツ卿は無表情の氷の美貌を向ける。
「巻いたほうが早くふさがるんです」
「そうですよ、ボスったらもう! 剣で死神とやり合うなんて!」
ウェンダルがぶつくさと文句を言う。
え?
「死神って……辺境伯に、斬られたの?」
たいして大声で言ったわけじゃないんだけど。傭兵たちが私の言葉を聞いて一斉にはやし立てた。なに? どうして彼らは自分たちのボスがケガして喜んでるわけ⁈
「負けたみたいに言うなよ? 俺のほうがよりダメージを与えてやったんだから」
レンは舌打ちをして忌々し気にウェンダルをじろりと見上げた。
初めて会った日、酒場で暴れるごろつき相手に剣を抜かなかったのに。剣を抜いたということは、軽そうに言ってるけど本気だったんじゃないの? ベーレンドルク辺境伯は、神域に達した剣術の主でしょ?
「……ボス。レディが怒りすぎて今にも気を失いそうです。売られたケンカを買って負傷してきてごめんなさいと、早く謝ってください」
ブラッツ卿が冷たい無表情のままため息混じりに淡々と言う。彼の言葉を傭兵たちが大げさにはやし立てる。
「おい、お前らはもう帰れ!」
ブラッツ卿を無視して、なぜか浮足立っている傭兵たちにレンは左手をぶらぶらと振る。彼らは残念そうに感嘆を漏らしながらもぞろぞろと玄関ホールを後にした。
「……」
私は応接室のソファに座っている。テーブルを挟んで向かいにはレンが座り、その背後にはブラッツ卿が立っている。
沈黙。部屋に入ってから誰も一言も発しない。
私は深くため息をついて口を開いた。
「どうしてそうなったの?」
「つい、成り行きで?」
レンはしれっとうそぶいた。ブラッツ卿は浅いため息とともに首を横に振る。
「あなたがここにいることと、ボスとの関係に気づいた辺境伯が、決闘を申し込んだんです」
「えっ⁈」
私はぎょっとして目を見開いた。
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