第76話

「暗殺は防がないと!」


 エラリスは陶磁器の人形のような冷たい美貌にふ、と冷笑を浮かべる。


「なぜです? どうでもよくないですか?」


「どうでもよくは、ない……」


 ヴィヴェカにとって、ロイスは恩人だもの。苦境から彼女を救ってくれた王子様。暗殺計画があるなら、防がなきゃいけない。それに……エラードったら。ロイスは仮にもあなたの従兄じゃないの。


「お姉様はもしやまだ……」


 エラリスの問いに私は苦笑して首を横に振る。


「恩返しをしなくちゃ」


 エラリスは眉根を寄せた。


「お姉様。恩返しをしてほしくてお知らせに参ったわけではないのです」


 私はエラリスの華奢な白い手を取って言った。


「わかってる。私を心配して来てくれたのよね? でも私は、来週何としても公爵の計画の邪魔をするわ」


「危険なことはいけません。ならば私がお傍でお守りして……」


「——エラリス。いいえ……エラード」



 私は彼女……いえ、彼の頬を撫でた。


「私がまだ王宮での生活に馴染めなかったとき、あなたがいてくれてどんなに嬉しかったか。あなたは私の妹であり、弟であり……大切な家族だったの」


「お姉様……」


「知らせに来てくれて、ありがとう。今日はゆっくりして言ってね。一緒に庭園で昼餐をとりましょう」


 エラリスのままエラードは美貌を曇らせた。でも、彼だってちゃんとわかっているはず。だから……魔術で強引に私を洗脳して言いなりにする、なんてことはしないのよね。ヤンデレなのに、私に関しては結局は自己中じゃない。だから私は、エラードがかわいいの。



 何かショックを受けたのか、認めたくないのか、それとも悟ったのか。昼餐の間、エラリスは元気がなかった。ぼんやりと何か考えているみたいに見えたし、話しかけると淡く微笑むだけ。そして食後のお茶の時、やらなくてはいけないことがあると言って帰ってしまった。お祭り二日目だから、一緒に見に行こうって引き留めたのに。


「お姉様。くれぐれも、危険なことはおやめください。私が必要な時は、いつでもこれを砕いてください」


 エラリス嬢の姿のままのエラードは、ガラスの小さな鳥のアミュレットがついた繊細なデザインのブレスレットを、私の手首に巻き付けて微笑んだ。


「エラリ……エラード。これ、お土産」


 私は華奢な手に小さな白い布に水色のリボンがかかった包みを渡した。


「私が作ったビスケット」


 エラードはくすっと笑った。


「子供の頃も、よく作ってくれましたね」


 私も微笑んだ。


 そして彼は正式なお辞儀をすると、玄関ホールから幻のように姿を消した。




 その夜、私は晩餐の席で昼間エラードから聞いたことをレンに話した。


「第一王子の暗殺計画なら、俺も昼間別のルートから耳にした」


 そう言えば、午前中から夕方まで外出してたわね。


「商会の情報網?」


 私の問いに彼は首をかしげた。


「まあ、それもあるけど。別方面からもいろいろと入ってきた」


 私はふう、と息をついた。元夫の暗殺を阻止したいと、今彼に頼むのってどうかと思うけど。レンならきっと誤解しないで理解してくれると思う。



暗殺それを阻止したいの」


 私はかたずをのんでレンの反応を待つ。元夫を救いたいなんて、彼はどう思うだろう?


 五秒の沈黙の後に、レンは言った。

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