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第75話
客が、来るはずだから?
まるで来ることを知っているかのような言い方。
その言葉通り、昼前に邸に一人の令嬢がやってきた。
「お姉様っ!」
ハニーブロンドの艶やかな巻き髪にはちみつ色のウルウルの瞳。エラリス嬢こと、魔法で令嬢に扮したエラード。この子ったら、どうやって私が隣国の大公領に旅行に来ていることを知ったのかしら?
「エラリス。あなた、ひとりで来たの?」
応接室。大きなひとり掛けのソファに埋まった私はエラリスのハグを受け、彼女の華奢な背中をぽんぽんと叩きながら訊いた。
「お姉様。いくら痕跡を消そうとなさっても、私は国一番の魔術の使い手ですのよ」
エラリスは私のはす向かいの四人掛けのソファにふわりと優雅に腰を下ろして唇を尖らせた。
「ごめんね……マイツェン邸にいるのが煩わしくなって、小さな家に秘かに引っ越したの。その……求婚とかから、逃げるために」
エラリスは一瞬だけはっと目を見開いて黙り込んだけど、すぐににっこりと微笑んだ。
「そうですか。仕方ないですね。お姉様を保護している術が商会の魔術師のものだとわかったので、結界の中に入る許可を商会長からいただいたのです」
ブラッツ卿のことね。ああ、だからレンは彼から聞いてレンは客が来るはずだって言ったのね。でも……
「それにしてもこんな遠くまで来るなんて、何かあったの?」
私が首をかしげると、エラリス嬢はふう、と胸を抑えて小さなため息をついた。
「ええ、取り急ぎお知らせしたいことがあったので」
「お姉様が廃妃になり王宮を出て、早や
あら、もうそんなに経つのね? 楽しすぎてすっかり忘れてた。
「来月、新王子妃のことが公表されることになりました」
「そうなのね。おめでたいわ」
「そうともいえないのです」
エラリスは肩をすくめた。
「なぜ?」
私は首をかしげる。
「アイレンベルク公爵の姦計について、お知らせに参りました」
「えっ?」
私は目を見開いた。
「来週、第一王子が南部の領地の視察に訪れるようです。その時に侯爵は領地内で事故に見せかけて第一王子を暗殺しようとしています」
「ええ?」
「そしてその前に、保険として……お姉様を誘拐しようとしているのです」
「私って、もう王家とは関係ないのに?」
「それは第一王子が離婚後もまだ廃妃のことを忘れられず、新しい王子妃には全く興味をもたれないからです」
「……」
ロイスが?
「当然、公爵はマイツェン伯爵がお姉様であることを知っています。第一王子の暗殺に失敗した時に彼を脅すために、お姉様を誘拐しようと狙っていました」
「公爵が?」
エラリスはこくりとうなずく。
「まだお姉様の不在には気づいていないようですが、なかなか捕まらないので焦っているようです。こちらの魔術師は優秀ですね。私でもお姉様にたどり着くまでに数週間を要しました」
そう言えば、ロイスが私を探してほしいとうちの商会に依頼してきたって、レンが言ってたわね。エラリスは続ける。
「偶然でも、身を隠して王都を離れていたのは幸運でした。このまましばらくこちらにいてください。第一王子が暗殺されるか……立太子するまでは」
「そんな……!」
私は首を横に振った。立太子してくれたらこの上ないけど、暗殺は……ダメ。
「エラリス!」
身を乗り出して、私はエラリスの手を取った。
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