廃妃、恋に落ちる
1
第63話
「な、な、なんですってっ⁈」
大きな窓が一面にはめ込まれた明るい応接室。あら、すてき。水平線が見渡せて、まるで一枚の巨大な絵画のようね。
ひとり掛けのソファの両ひじ掛けに頬づえをつき、長い脚を高々と組んで退屈そうに座っているレン。お茶が載っているティーテーブルをはさみ、四人掛けソファに座る貴族らしき太鼓腹の中年の男性と、その娘と思われる派手なドレスを着た若い令嬢。叫んだのはこの令嬢らしい。父と娘は、怒りのオーラを出しながらプルプルと震えている。
これ、修羅場じゃない?
「お久しぶりです、ペヒ伯爵様」
私たちがついたときはすでにブラッツ卿が部屋に入り、お客にお辞儀をしているところだった。やっぱり、貴族だったのね。中年の男性のほうはブラッツ卿を見てダンダンと短い片足を踏み鳴らした。
「ブラッツ卿! お宅の商会長は態度が悪すぎると思わんかね⁈」
私はドアの陰で中をうかがう。ちっ、とナデァが中を見て、私の背後で小さな舌打ちをした。
「はい。何であれ、申し訳ございませんでした」
ブラッツ卿は淡々と謝罪の言葉を述べた。誰が聞いても、心がこもっていないのはわかる。
「我が国の大公殿下に気に入られているからと、思い上がりがはなはだしい」
ペヒ伯爵のレンへの怒りは、ブラッツ卿の心のこもっていないしらじらしい謝罪では収まらないらしい。レンは部外者のようにそっぽを向いている。
「長年戦場を走り回っていたものですから、わがあるじは少し配慮が足りません。どうぞ怒りをお収めください」
「ブラッツ卿から言ってくれないか。商売には人づきあいが大切だとな」
「ごもっともでございます。あるじがどのような失礼を犯しましたでしょうか?」
「わが家門の晩餐会の招待を断ると言ったんだ!」
ペヒ伯爵はわなわなと震えた。
怒らせた当の本人は、ドアの陰で室内をうかがう私とナデァとキーランド卿に気づいて、目の前の怒れる相手を無視して声をかけてきた。
「着いたか。出迎えられなくて悪かった。見ての通り、来客中でな」
伯爵の小さな目が余計に吊り上がる。わざとやってるでしょ。ブラッツ卿はちいさなために気をつき、私たちを振り返り、入室するよう手で合図してきた。
「伯爵様。よい機会なのでご紹介させていただきます。わがアルトマン商会のオーナーの、レディ・アルトマンです。伯爵の爵位をお持ちですが、事情により詳細は控えさせていただきます」
なんかめんどくさそう。仕方がない、私はブラッツ卿の隣まで歩み出た。
「オーナー、こちらはヴァイスベルク国のペヒ伯爵です。公国領の西隣の領主で、南部の商業ギルドの首長会の一員でいらっしゃいます」
はぁ。よくわからないけど、要するに地元の実力者ね。
「おお! 美しいな」
伯爵はにたりと笑む。知らんぷりして私はお辞儀をした。
「初めまして。お世話になっております」
にやにやがさらに大きな顔一面に広がる。伯爵はソファから立ち上がり、私に近づいてくる。うわぁ、やだな。ギラギラしてる。彼が私の手を取ろうとしたとき、レンがおもむろに両手をぱん、と打ちならして立ち上がり、背後に回り込んで私のウエストを引き寄せた。
そして彼はしれっと大ウソを口にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます