第62話

し、しかも……



 すごくやわらかな微笑を浮かべている!



 これはすごい破壊力。


 ナデァ、貴重なものを見逃しちゃってるよ!



「よくぞ実践なさいました。なかなか肝が据わっておられるようです」


 うわぁ。ホントに、褒められてる。もしかして、私、見直されたのかな?


「あなたが、自分の身は自分で守りなさいと言ったでしょう? 護衛がいないところでは、信じられるのは自分だけだと」


 遠慮がちにそう言うと、ブラッツ卿は穏やかな表情で小さくうなずいた。氷の彫刻どころか、そんな表情もできたのね。


「失礼ながら、あなたは非常識でとんでもないわがままの、世間知らずのご令嬢だと思っておりました」


「はい……?」


 ちょっと。正直すぎない? 本人を目の前に、堂々と悪口言うわけ? まあ、たぶんそんなようなことを思われてるんだろうなとは思ってたけど。直接言われたら結構こたえるわね。


 ひく。愛想笑いした私の口元が心もち引きつる。


「ナデァ嬢に聞きましたが……あなたが彼女を守られたとか。主が従を守るとは。ボスが知ったらナデァ嬢は超大目玉を喰らうでしょうが」


「あ、そ、それは……ナデァの勘違い、ですよ。レンに言わなくていいですから。彼女が私を守ってくれていたんです。でも私だけが短剣を持っていたから……」


 ナデァったら、何を言っちゃったの? 怒られるのはあなたなのに。それより、ぞっとするくらいブラッツ卿が感心してるし!



 彼はまた、ふ、と柔らかな笑みを浮かべた。


「彼女のために、そう言うことにして報告しておきます」


「あ、ありがとうございます」


 ツンからのベタ褒め……それがこんなにも恐ろしいとは。





 翌朝。朝食後に宿を出発して、ツヴァイター・ハーフェンに入ったのは昼前。


 貿易港からすぐ、港を見下ろす岬の上に立つ瀟洒な別荘風の邸に到着いた。ブラッツ卿によれば、そこはうちの商会の持ち物なんですって。


 馬車どめには一台の白い馬車が止められている。装飾からして、貴族の馬車かしら?


「誰かお客様でしょうか」

 

 ブラッツ卿も首をかしげる。


 

「あああ、お待ちしていました、ブラッツ卿!」


 玄関扉から不安げな様子で、ひとりの若い男が小走りに飛び出てきた。確か、レンの補佐官のウェンダルね。ライトブラウンの髪、丸眼鏡をかけた、人のよさそうな人。


「あああ、オーナーもいらっしゃいましたね」


 彼はブラッツ卿の背後の私を見てびくっと身を縮めてからぺこぺこと頭を下げた。


「どうしました、ウェンダル」


 ブラッツ卿が首をかしげる。



「あの、ただいま首長側のお客様がいらしているのですが、その、ボスが、その……」


 歯切れの悪い口調でおろおろとするウェンダル。私とナデァは首をかしげる。でもブラッツ卿な何かを悟ったみたい。


「応接室ですか?」


「はい! お願いですから、最悪の事態を防いでください!」


 ウェンダルは両手を握り合わせてブラッツ卿に懇願した。


 ブラッツ卿は浅くうなずくと、身を翻して玄関ホールを突っ切って大股で進んでいった。


「えっ、あ、ちょっと……」


 うろたえる私の腕に触れ、ナデァが言う。


「ヴィ様。私たちも言ってみましょう!」


 うわぁ。好奇心できらきら輝いてるよ、あなたの目。



 ぐい、と彼女は私の腕を引いて、ブラッツ卿が消えたほうに歩き出す。


 はぁ。私は短いため息をついて、おとなしく彼女に引っ張られることにした。

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