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第56話
「へぇ……?」
あの傲岸不遜な男に、婚約者なんていたんだ? 結婚相手、苦労しそうね。カオだけは超絶素敵だけど……すごく気難しそう。
「あっ、い、いえ、その、今のは聞かなかったことにしてください!」
あわあわと、ナデァは両手を胸の前で振って狼狽した。私はくすっと笑ってうなずいた。まあ、私には関係ないことだしね。
五日後、レンは商会とは反対隣の家の庭をつぶして、シンプルな温室付きのテニスコートくらいのサイズの畑を作ってくれた。
「まずはここでやってみろ。うまくできたら郊外に広い畑を作ってやる」
うちの庭でもよかったのに。ヨーンの身辺調査をブラッツ卿が報告して彼が安全な人物だとわかっても、なるべく家の敷地内には人を入れるなということなので仕方がない。
なんだかんだ言っても、結局は何でも聞き入れてくれている。ナデァの五歳年上なら、
とりあえずヨーンにはアルトマン家の庭師として、畑を世話してもらうことにした。彼の栽培技術と私の加工技術があれば、ライバルのガイスラー商会なんて目じゃないわ。
ちなみにヨーンは私を「お嬢様」って呼ぶの。年齢的にはギリ行けると思うけど、出戻りがそう呼ばれちゃ図々しいかしら? 一応、ヨーンには(本当の素性は
「あっしはお嬢様を一生お嬢様とお呼びします。たとえまたご結婚されてもね」なんて言っていた。足が不自由なせいで、どこも雇ってくれなくて途方に暮れていたところに私が話しかけたらしく、私が救いの天使に見えたんですって。はは。
新アルトマン家にこっそり引っ越してきてひと月が過ぎた。酒場の厨房で料理したり、裏の家の庭でハーブの苗を植えたり、ナデァとお菓子を作ったり。悠々自適のバツイチライフを満喫していたある日、剣術のレッスンの時間に庭に出て私はびっくりした。
「えっ? どうして?」
不機嫌を押し殺した冷たい無表情のブラッツ卿の代わりに、庭の大きなナラの木の下に立っていたのはレンだった。
「あいつはちょっと国外に使いに行ったから、代わりに俺が教える」
「えっ?」
いや……そこは今回はお休みでよくないかな? 別に、ブラッツ卿の代わりにあなたが来なくても……?
「アダリーも任務中で手が離せない。ということで」
彼はため息をついた。ちょっと。そんなに嫌ならほんとに来なくていいでしょ⁈
キーランド卿は少し離れたところで私たちを見守っている。というか、私の護衛だってことをすっかり忘れてレンのことしか見てないでしょ。ナデァはブラッツ卿が来ないからって、稽古は見学せずに家の中でのんびりとお茶の用意をしている。
仕方ないな。私は今までブラッツ卿に教わった構えで木剣を振るう。レンはたいして動きもせずに私の攻撃を軽々とかわし、よけたついでに木剣を振り下ろして私の手に握られていた木剣をコンと叩いた。私の剣はくるくると宙を舞い、花壇の土にさくっと刺さってしまった。そのうえ木剣が飛んでバランスを崩した私は、よろめいて体が前に転倒しかける。
あ、あ、あ……地面に顔面打つ!
—―と思ったら……?
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