第54話

私は馬から下りて噴水に歩み寄った。


 正確には……噴水の縁に腰かけて途方に暮れてぼんやりとうつむく、ぼろ布のようなチュニックの痩せこけて日に焼けた初老の男性に。


 彼の足元には、数種類の草の入った四角い籠が置かれている。



「おじさん、その草、売り物ですか?」


 呆けたように口を開いて言葉を発しない彼の前に私はしゃがみ込んで籠の中を覗き込んだ。私の背後でキーランド卿とアダリーがいつでも抜刀できるように身構えている気配を感じる。


「うん……だいぶしおれているけど、使える薬草ばかりね。おじさんが育てたんですか?」


「あ……あぁ、そうです……」


 もごもごと、消え入りそうな声で彼は答えた。居心地悪そうに身じろいだ彼の左足は、足首から下は簡単に作られた木製のぼろぼろの義足だ。


「レディ……」


 戸惑った口調でアダリーが近寄ってくる。私は彼女を振り返って笑顔で見上げた。





✣✣­­–­­–­­–­­–­­–­­–­­–­­–­­–­­–­­–­­–­­–­­–✣✣





「——は?」


 商会の二階事務所。商会長のデスクで書類の整理をしていたレンは、不機嫌そうに眉をひそめて私をじろりと睨んだ。応接ソファから身を乗り出して、ローテーブルに並べた五つの小瓶を指し示しながら、私はひるまずに愛想笑いを浮かべながら話を続けた。


「草よ。正確には、薬草。薬草園を作りたいの」


「何のためにだよ?」


 レンはめんどくさそうに目を細めた。彼の背後に控えているブラッツ卿も冷ややかな無表情を崩さない。私の隣に座るナデァはおろおろと視線を泳がせている。ドアの近くに立つ初老の男はレンの雰囲気に怯えて身を縮めてうつむいている。


「作ってどうする」


「商品化して流通させるの」


「……」


 あ、今、イラっとした。


「それで、その男は」


 レンは顔をくいっと上げ、ドアのほうを見た。



「彼はヨーン。ピクニックに行った日に、そこの噴水のところで会ったの。薬草を薬屋や雑貨屋に卸して生計を立てていたんだけど、ガイスラー商会が安い外国産を卸し始めて、彼の契約先がなくなっちゃって途方に暮れていたのよ」


「——で?」


「ヨーンはもと農民で、七年戦争に兵士として駆り出されたの。五年前に片足を失って廃兵院にいたんだけど、今は重傷に当たらないから追い出されて、野山で採ったり自分で育てたりしていた薬草を売っていたの。私、彼に薬草の育て方を教えてもらいたいの」


 ちっ。舌打ちが聴こえる。


 でもね、彼のハーブ類、萎れていても実用性の高いものばかりだったの。前世ではハーブコーディネーターの資格を持っていたんだから、私の目に狂いはないわ。


「金に困ってるわけでもないのに、どうして商売に興味を持つんだ?」


 苛ついた口調。ふん。


「私も商人の娘よ。大儲けの機会をみすみす逃したくないわ」


 ブラッツ卿が、呆れて微かな冷笑を口元に浮かべた。


「大きく出るな。大儲けして、どうするつもりだ?」


「廃兵院が、いっぱいなんですって。ほかにも働きたいのになにか障害があって働けない人がたくさんいるの。資金を作って、技術学校みたいな教育機関を作るのよ。みんなが安定した収入を得るためには、教育って重要じゃない?」



 そう。それはヴィヴェカ自身も常々望んでいたことだったみたい。王子妃として養護施設や廃兵院を慰問して、自分には何ができるか悩んでいたから。彼女の体に入ったからには、彼女の意思を尊重して手伝ってあげたいって思ったから。



 でもレンは、皮肉な笑みを浮かべて意地悪な口調で言った。

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