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第52話
「お迎えに上がりました、レディ」
キーランド卿がドアを開けると、白シャツ黒パンツにジョッキーブーツ、チャコールグレーのマントを羽織った麗しい美女が騎士のお辞儀をした。
「アダリー卿」
同様の格好に身を包んでいる私は、彼女の前まで進み、膝を折ってお辞儀を返した。
「卿はおやめください。ただのアダリーで結構です」
美女は整った顔に何の感情も浮かべずに義務的に、しかし穏やかに言った。
私はこくりとうなずく。近くで見ると、本当に美しい。大人の女性だわ。
彼女は外の馬をつないである柵まで行き、馬具の点検と装着をしているキーランド卿に話しかけに行った。今日の行程と警護について確認をしているみたいね。私とナデァは出発までは役立たずなのでまだ家の中にいる。
「なんか、冷たくないですか?」
ナデァにもわかるくらいだから、アダリーの態度は結構冷たいのね。私はこくりとうなずいた。
「やっぱり、そう思う? でも彼女にしたら、嫌な仕事よ」
「それにしても、ですよ」
「失礼ではないわ。仕方ないじゃない。
ナデァによると、アダリーはもともとはラルドの傭兵団の一員の妻だったんだって。夫は隣国ヴァイスベルクの王室騎士団の騎士だったけれど、七年戦争のどさくさで寝返って傭兵になった。その後、戦死したらしい。絶望した彼女が後を追って死のうとしていたところをレンに止められ、傭兵団の一員になった。
一員とはいっても傭兵ではなく、情報のまとめ役みたい。事務員みたいな感じね。でも剣術や格闘術を会得して、結構な手練れなんですって。しかも、ブラッツ卿とともに、ヴァイスベルク国の大公から騎士の称号も受けて……美女のうえ騎士なんて、チートキャラだよね。
私はぜひぜひ仲よくしたいんだけど……ブラッツ卿とはまた違った見えない壁をなんとなく感じるわ。
失礼じゃない程度に、必要最低限な礼儀を保っている感じ。ブラッツ卿も愛想がないしレンも皮肉な笑みしか見せないからまあ、私は彼らにはよく思われていないんでしょう。
よく晴れ渡ったさわやかな朝、私たちは馬に乗って草原へ向かった。
遠出……というか、中心地から並足でも三十分くらいの、南の端の街道の入り口だけど。護衛はキーランド卿とアダリーがいるけど、あんまり遠くには行くなというレンからのお達しが出ている。まあ、迷惑かけちゃうことを考えると仕方ないわね。
出戻り女の後見人になるだけでも申し訳ないのにそれがもと王子妃だなんて、彼らも扱いに困るでしょうしね。レンとブラッツ卿に塩対応されるのは別にいいとして、アダリーには気さくにしてほしいんだけどな。私の女友達(?)って、ナデァしかいないんだもの。
馬たちは喜んでいる。小川のそばで休ませてあげたら、おいしそうに草を食んだり寝そべったりで、リラックスしてる。キーランド卿が馬具の準備をしていて、ナデァがランチの後のピクニックバスケットを片付けている間、私とアダリーは木陰に座っている。これは、話すチャンスだわ。
「今日はついて来てくれてありがとう」
遠慮がちに言ってみると、アダリーは灰色に近い青い目を驚きに見開いて私を見た。
「いえ、仕事ですから……」
「うん?」
どうして驚いたの?
「……あ」
アダリーは耳を赤くしてふいと小川に視線を投げた。
「アダリー?」
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