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第51話
「今日、マイツェン伯を探してくれっていう依頼者が来たんだ」
私とナデァは同時にえっと声を上げた。
「完璧に偽装工作したと思ったのに……もういないことがばれたの?」
「それで、誰が依頼してきたの? 兄上」
レンは自分のデスクで椅子の背に寄りかかったままため息をついた。
「まず一人目は、ベーレンドルク辺境伯」
ええ? 速攻バレたの? 恐るべし、国一番の武人。
「まさか兄上……依頼を受けてはないでしょ?」
「当たり前だろう? いくら金を出すと言われても、あいつの依頼を受けてやる義理はないからな。自分で探せと言っておいた」
レンは腕を組んだまま鼻で冷笑する。どうも知り合いのようだけど、仲良しではないみたいね?
「それで……まず一人目ってことは、また別にもいるってこと?」
私の質問に彼はうん、とうなずいた。
「平民の普段着を着て黒いフードで顔を隠していたが、あれは間違いなく……」
私とナデァはレンのデスクの前でかたずをのむ。レンは紺青の瞳だけ動かして私を一瞥すると言った。
「顔は隠せていても、しぐさや口調、語彙でわかるよな。あれは、第一王子だった」
「はい?」
「王子殿下が、なぜヴィ様を⁈」
「さぁ? ここに依頼しに来た理由はふたつ考えられる。王家がここの商会の情報売買の会員だから。もう一つは、ヴィがここの商会のオーナーになったことまでは知らなくて、でも何か関連があるかもしれないと予測したから」
へぇ。この国の王家も顧客とは。
「それはまずいです、ヴィ様! でも王子殿下がヴィ様を探す理由がわかりません!」
「ばかなちび助だな。彼女に未練があるからだろう?」
レンはナデァにも皮肉な笑みを向ける。この人は、きっと誰に対してもこうなのね。
「それで……依頼はどうしたの?」
おそるおそる訊ねてみると、彼は肩をすくめて口をへの字に曲げた。
「探し出してどうするのかって質問したら、どこにいるのかがわかればそれだけでいいって答えたんだ。とりあえず、依頼を受けるか受けないかは調査者と相談して後日知らせるって伝えておいた」
「どうしましょう? まさか、殿下は復縁でもなさるおつもりで……」
「まさかよ。もう正式に破婚は認められたんだから……」
動揺するナデァの腕をぽんぽんと軽く叩き、私はしばし考えをめぐらせた。
「では……依頼は、お受けしてみてくれる?」
レンとナデァは同時に「はぁ⁈」と声を上げる。あ、そのシンクロ、初めて兄妹っぽかったわ。
「断ってもどうせ別の組織に依頼するだろうし。どうせなら動きがわかるように適当に受けて適当に当たり障りのない情報を流しておいてくれればいいわ」
「なるほど。あんた、見かけによらず小賢しいな」
褒めているのかけなしているのか。まぁ、どっちでもいいけど。私はレンの言葉を微笑で受け流した。
辺境伯が気づいているなら、エラードももちろん気づいているはず。
でも……
意外だわ。
お別れの時も顔を見せなかったのに。まさか、もと夫が私の不在にすぐに勘付いて、行方を探させるなんて。
しかも、所在が分かるだけでいいなんて。
ロイス。
一体、何を考えているのかな?
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