第49話

うちの豪邸の門前で警備兵によって地面に放り出された、貧しい身なりの二人の女性。


 見覚えが……ある。


「ナ、ナデァ……あれって……」


 かつて虐待されたことで、反射神経で素早く窓の内側に顔を引っ込めて身を縮める。ナデァもどうやら気づいたみたい。彼女はとっさに馬車の窓のカーテンを閉めた。


「私が対応します」


 ナデァの顔がこわばる。


「ええ。お願いするわ……」


 私は無意識のうちに体がぶるぶると震えていた。



 門前で騒動を起こしている二人のみすぼらしい恰好の女性たちは……ヴィの継母とその連れ子だった姉だ。七年経って二人とも年を取って、ぼろぼろにくたびれて落ちぶれている。


「……伯爵さまにっ、お目通り願います!」


 赤毛のこまかな縮れ毛。あの髪には、見覚えがある。自分の赤い縮毛を嫌い、ヴィのやわらかなグレージュのつやつや髪を妬み、ヴィの毛でかつらを作ろうとむりやりうなじのあたりで切ろうとした……血のつながらない姉。


 ——ヴィの記憶には、相当恐ろしい体験として残っているみたい。私の意思とは関係なく、体が小刻みに震えている。ナデァの肩越しにカーテンの隙間からそっと覗いてみる。うわぁ。すごい痩せて、がりがりじゃないの。王子にむち打ちの刑にされラルドに追い出された後、あまりいい暮らしをしてこなかったのね。


「実は、父が……兄に代わってからも、あの人たちの監視は続けていました。アルトマン家を追われた後、あの欲深なウルマはカーラを老齢の男爵に売ったのです」


「ええ?」


 ウルマとは継母で、カーラとはヴィより二歳年上のウルマの連れ子のことだ。


「でも、財産を狙い男爵の食事に毎日毒を盛っていることがばれて、二人で逃走したんです。三、四年地方を転々として、最近は王都に戻ってきて下働きや洗濯の仕事で食いつないでいるようです」


「ま、まさか、私の父にも毒を盛っていたのかしら?」


「いいえ。ヴィ様のお父様は、イケメンでしたから。ウルマは逆に栄養などに気を使っていたみたいです」


「あ……そう」


 はは。現金な人ね。


「お願いしますっ! 何でもします! 娘はこの通り若くて美しいので、伯爵さまもお気に召すかと!」


 しわがれた金切り声。痩せこけたシワシワの老婆。どうしちゃったの? 実年齢よりもはるかに老けたのね、継母。


「どうやら、こちらの当主は男性だと思っているようですね。しかも自分の娘が気に入られること前提」


 ふん、とナデァが鼻で冷笑する。そうね。プライドだけは高い母娘だから、ここがヴィヴェカの邸だと知っていたらああして仕事をねだりに来なかったでしょうね。



「どうしましょうか。雇ってかまどのそばに寝起きさせて、朝から晩までこき使ってやりましょうか?」


 ナデァはかわいい顔に絶対零度の冷酷さを浮かべる。さすが、百戦錬磨のもと傭兵王ラルドの娘ね。


 私はふう、と息を吐いた。


「いいえ、あのまま去ってもらいましょう」


 ナデァはふっと笑みを浮かべてうなずいた。


「仰せのままに」



 彼女が窓からキーランド卿に何やら伝えると、彼は馬で警備兵のもとまで近寄って指示を出した。警備兵たちは継母とその連れ子の腕を引っ張って、遥か道のむこうに引きずって行った。


 ぎゃあぎゃあとカラスの群れのような叫び声が遠ざかって行った。



 さようなら、悪い人たち。



 もう二度と、会いたくないよ。

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