第48話

「王妃陛下から下賜された、立派な家があるだろう?」


 この人って、どうしていちいち嫌味な言い方をするのかしら?


「すでにマイツェン伯爵の素性は一部の貴族にバレてるの。誰にも知られない、気楽な場所が欲しいの」


「バレたらいけないのか?」


「ヒューゲル公子やベーレンドルク辺境伯のご訪問が煩わしいのでしょう」


 ブラッツ卿が興味なさそうにレンに言う。でもなんでそんなよく知ってるの?


「ああ? 辺境伯?」


 レンの片眉が上がる。


「求婚されているようです。今、彼は王都に滞在なさっています」


「は。そうか。あいつがか」


 レンが鼻で冷笑する。私は首をかしげる。



「辺境伯とはお知り合いですか?」


「まあ、ちょっと。大変な奴に目をつけられたな、レディ。あいつは簡単には諦めないぞ」


「もう! だからヴィ様は隠れ家をご所望なんでしょ!」


 ナデァが商会長のデスクをぺしぺしと叩く。


「あいつにしろヒューゲル公子にしろ、普通の人間じゃないんだ。隠れ家なんてどこに持ったってすぐにばれるだろう」


 レンは皮肉な笑みを浮かべてから再びブラッツ卿に申し付けた。


「このウラにある家を三人で住めるように準備してやれ。身元がばれないよう、お前がどうにか細工しろよ」


 あ。また小さく舌打ちしたわね、ブラッツ卿。彼は私のことが嫌いに違いないわ。まあ、いいけど。彼が近くにいれば少なくともナデァが喜ぶからね。


「いけません。この周囲の建物は万が一に備えてすべてわざと空き家にしてあるのに。それに危険です」


 ブラッツ卿の言葉にレンは肩をすくめた。


「危ないのはどこも同じだろ。目の届く範囲にいれば警護もラクだし」




「驚きね。何でもお見通しみたいで」


 マイツェン邸に戻る馬車の中で私は誰に聞かれるともなく声を潜めて言った。


「情報収集のプロですので。たぶん、お邸の使用人にも兄の手のものが入り込んでいて、何かあった時にヴィ様をお守りするんでしょう」


「なるほど。妹もいるからさらに慎重なのかもね」


「家のことは、いつからお考えでした?」


「ああ……求婚状が届いて、訪ねてくる人たちまで現れ始めたあたりから? 離婚して何もしないうちからあんなに求婚されても、何もできないじゃない」


 私は肩をすくめた。ナデァは苦笑する。


「はは……確かに、そうですね。マイツェン邸は家令のカスパル卿にお任せしておけばいいですね。小さい家に住むなんて……楽しみです!」


「あら……楽しみなのは、私の剣術の師匠が誰かさんになったことでしょう?」


「あっ、はい、へへ……それはそうですけど」


「彼はとっっっっても嫌そうだったけどね。私彼に何か失礼なことしたかな?」


「うーん……ソードマスターなら、素人の若い女性に剣術を教えるのはプライドが傷つくとか?」


「それはあるかもね。なるほど」




 コンコンと、馬車の外から騎馬のキーランド卿が窓の縁を叩いた。


「ヴィ様。門のあたりが何か騒がしいようです」


 言われてみると、なにやらぎゃあぎゃあと叫ぶ声が聞こえてくる。マイツェン伯爵邸の門前で、警備兵が五人ほど、平民の簡素なドレス姿の女性二人を追い払おうとしているところのようだ。


窓からその光景を覗いた私は、思わずひゆっと空気を吸い込んだ。

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