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第46話
豪華なカゴの中から抜け出して自由に羽ばたくように生きてみたいだなんて、ちょっとかっこいいこと言ってみたけど。
本当のヴィはそんなことは望まなかったかもしれないけど。
でも、今まで生きてきた経験と知恵をもったまま、せっかく若く生まれ変わったから。
これはチャンスなの。カゴの中で安全に生きていくのもいいけど、失敗してもいいからやりたいことをして思うがままに生きてみたい。
本当のヴィが湖で手放した人生を受け継いだわけだけど、彼女が捨てた人生なら私が好きなようにしてもいいよね?
私は、生れてはじめて(にいなとしては死んだのかもだけど)、自分自身の人生をリサイクルするのよ。
それがたとえ異世界で別人のであってもね。
バツイチになってふた月が過ぎるころ。
春めく巷には破婚した王子妃のうわさが飛び交い、彼女をモデルにした観劇が上演されて大盛況となっていた。
私も
王子に見初められた娘はめでたく王子妃となり、国中の民に祝福されて幸せに暮らしていた。
しかし二人には六年経っても子ができなかった。
王子妃はそのことで思い悩んでいた。王子は彼女を深く愛していたので、子ができなくても構わないと言っていたが、国の跡継ぎがいないことは重大なことだ。王子妃は王子に側妃を持つように勧めた。王子は否定したが彼女は涙ながらに懇願した。
そして王子は側妃を迎えた。子爵令嬢だ。彼女は幸いにもすぐに懐妊した。そこで王子妃は自分が正妃の位を彼女に譲り、王家を離れることを決意した。王子は大反対したが、生れてくる王孫と国益を第一に考えてほしいと彼女は王子を説得した。
国のため、民のため、生れてくる王孫の幸せのため。
彼女は王子妃の位を降りて、ある日静かに王宮を去った。そして彼女の行方は誰も知らない……というようなストーリー。
この世界はまだ一般的には男尊女卑の風潮が濃いみたいね。女はみんな男の所有物。幼いうちは父に、嫁しては夫に所有権が移るだけ。跡継ぎを生むことは嫁いだ女にとっては王侯貴族も平民も重大な義務。嫁して六年も子を産めなかったら、夫はほかに妻を持ったり離婚を考えたりする。
だから廃妃になったヴィヴェカに対しては、賢明だとか立派だという称賛の声が男性側から上がった。そして貴族も平民も、女性たちはみんなけなげな王子妃に大きな同情を寄せた。
廃妃の物語は大いに美化されて、観劇にとどまらず紙芝居や人形劇、小説や物語となって一気に国中に拡散された。王都で最大の劇場でも、オペラにしたいという申し出も来ている。
これは私のアイディアだった。これで離婚を正当化できるし、国益のために離婚を認めた国王の顔が立って王子には同情が集まる。私が栄誉称号(実際の爵位に課される義務は一切生じない、おいしい称号)を得て市井で暮らしていることは一部の重臣たちしか知らず、フィクションのみを知る人々は私が傷心の旅に出たと思っている。
「うまくいきましたね」
温室でのティータイム。王子宮の温室ほど大きくはないけど、王妃様が伯爵家にも小さな温室を作ってくれたの。
ナデァがティーポッドからちょろちょろとお茶を注ぎながら微笑む。ふわりと甘い香気が明るい温室に漂う。今日はアップルティーね。
「ん。いいかんじね」
私は書き物をしながらこくりとうなずいた。
「さっきから何を熱心に書いているんです?」
ナデァは首をかしげた。私は顔を上げ、彼女ににっこりと笑む。
「これ? これはね……」
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