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第44話
「ああ。何か困ったことがあれば言ってくれ」
銀狼ね。
光の加減では黒髪にも見える銀の髪に、珍しいくらいに深い濃紺の瞳。整いすぎるほど整った美貌のせいで、意地悪そうで近寄りがたく見える。
それなのに、粗野な言葉を吐いてもところどころに隠しきれない品の良さが感じ取れる、不思議な人。まぁ、傭兵だけど子爵でもあるからかな? この男も、チートすぎじゃない?
「はぁ……」
大きなため息。
帰りの馬車の中で、ナデァはひどく落ち込んでいた。
「どうしたの? ナデァ」
ヴィが声をかけると彼女はため息をついた。
「本当に、心から申し訳ありません。兄が始終無礼を働きました」
「びっくりしないでって、前もってあなたが言ってたでしょ。長年戦場を渡り歩いて表と裏の事業を経営しているのですもの。私みたいな世間知らずは、ばかにしたくもなるのでしょう」
私がおかしそうに笑うのを見て、ナデァは悔しそうに首を横に振った。まったく、どっちが他人でどっちが身内なのかわからない。
「いいえ、いいえ! くれぐれも! 失礼のないようにと言っておいたのに! 私をナメてるんです」
「本当に気にしてないから。父の商会を運営してくれているのよ。感謝してもし足りないわ。あなたと全く似ていないことにはびっくりしたけど!」
「ははは。そうですよね。私は父似、母が言うには兄も兄の父似らしいです」
「利害が一致している、ともあなたが言ってたでしょ。表の事業が裏の事業の隠れ蓑になるってこと?」
「ああ……はい。大雑把に言えばそうです」
もごもごと、苦笑しながらナデァは言葉を濁して何かをごまかした。
「私は亡くなった父の事業の内容はほとんど知らなかったのよ。あなたは、知ってたの?」
こくり。ナデァがうなずいた。
「はい。ヴィ様の侍女になると決めたときに、父が話してくれました。ヴィ様……なんだか、目がキラキラしてらっしゃいません?」
「だって……冒険小説のようじゃない? 大陸をまたにかける情報組織。もし私が王子妃にならなかったら、父はそれを私に継がせようとしていたってことよね?」
「恐ろしくはないのですか? 傭兵とか、暗殺とか聞いても」
「そうね。目の当りにしたら恐ろしいかもしれないけど、暗殺のほうならば少し前まで生活の一部だったから……」
ヴィの記憶によれば、王宮にも暗殺者が現れたことが何度かあった。毒殺の心配ならば、日常だった。ああ、とナデァは納得する。
「そうでしたね……」
「でも今日のような乱闘は、初めてだったわ。あなたのお兄さんたち、すごく強かった。小説みたいだったわ」
「ははは……ヴィ様がご無事でよかったです」
そう、あの男、レン。
あからさまに私をばかにしていた。そりゃそうよね。
十六で王子妃になってからずっと王宮で暮らしていた世間知らずのお嬢なんて、ローティーンの頃から戦場で命を懸けて戦っていた人から見ればすぐ死んじゃいそうに見えるでしょうから。
でも、中身はもとアラサー女なのよ。カスハラにパワハラ、クソ上司にクソ先輩、クソ彼氏までいろいろと経験値は高いのよ。
「ヴィ様!」
びくっ。突然大きな声で呼ばれて、私ははっと我に返る。
「な、なに?」
「また! 近いうちに! 行きましょう!」
「あ、うん、酒場のこと?」
「ええ……注文どころではなかったですから」
「あはは……そうだったわね」
「兄がいるときに行けば……その、ブ、ブラッツ卿も必ずいらっしゃるので……」
もごもご。ナデァの顔が……赤い。
「あ!」
私は彼女の顔を見てくすっと笑った。
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